道具袋にあると困る7のお題 <1>
− 体に良さそうな草 − はあ……。 げっそりって言葉が似合うようなため息をつく。 なんだかなぁ。我ながら良くないぞ、これは。 執筆を一旦中断して、わたしは大きく背伸びをする。 天井に両手を伸ばした途端、肩甲骨の辺りがボキボキと音を立てた。次に首を左右に動かすと、こちらもボキっと。 うう、凝り固まってるなぁ。 そして目をぎゅっとつぶり、こめかみの辺りをグリグリと指圧する。 あー、なんかすっごく気持ちいい。 「ぱーるぅ、どーしたんらー?」 「んー、なんでもない。ちょっと考え事してただけよ」 「大丈夫デシか?」 「うん平気、ありがとうシロちゃん」 わたしのため息がよっぽど深刻そうに聞こえたんだろうか。シロちゃんが心配気な顔でこちらを見ていて、わたしは笑顔で返す。 すると、「それならよかったデシ」と、彼は明るい声でそう言った。 窓から入ってくる午後の風が、ベッドの上にいるルーミィの髪とシロちゃんの長い毛を揺らす。 天気も良好で、その陽射しに乗ってやってくる風は、どこか温かい。 ついさっきまで騒いでいたルーミィだったけれど、この柔らかい風に眠気を誘われたのか、シロちゃんを抱えたままで舟を漕ぎはじめている。今にも倒れそうだ。 「ほーら、ルーミィ。お昼寝するんなら、シロちゃんを放してあげなきゃダメよ」 「ボクなら平気デシ」 「うん、でもやっぱり疲れちゃうから」 椅子から立ち上がって、ベッドにルーミィを寝かしつける間に、シロちゃんは床へと降りるとこちらも伸びをしている。 やっぱり、ああやって抱えられると結構しんどいわよねー。あんな風に束縛されちゃったら、わたしだったら爆発しちゃいそうだもの。肩だって凝りそうだし。 でもきっとシロちゃんに言っても、「そんなことないデシよ」って言うんだろうなぁ。 ほーんと、健気でいい子なんだよね、シロちゃんってば。 「パステルおねぇーしゃん、どうかしたんデシか?」 「へ? ああ、うん。なんでもないよ」 思わずシロちゃんを見つめてたのか、怪訝な顔をされてしまった。 わたしは首を振って、立ち上がる。 よーし、もうひと踏ん張りしますか! 今日中に半分まで終わらせないとね! 再び机に向かうわたしに、シロちゃんが声をかけてきた。 「ボク、ちょっとみんなのところへ行ってくるデシ」 「うんわかった。あ、そうだ。日が陰る前に干してあるタオル、取り込むように言っておいてくれる?」 「わかったデシ」 パタリと扉の閉まる音を背後に聞きながら執筆を再開。 人間の集中力ってすごいのね。 っていうか、気分を変えたのがよかったのかしら。 ――ルーミィが寝てくれて、いちいち「ねえねえ、ぱーるぅ」って邪魔されなかったから進んだっていうのもあるんだけど、予定していた部分を越えて半分以上が書けたところで、ノックの音で我に返った。 「パステル、いるか?」 「クレイ、どうしたの?」 「どうしたのっていうか、ちょっと早いけど夕飯にしないか。今日は先着五十名、空クジ無しの福引が出来るんだってさ」 「ホント!?」 空クジ無しっていったって、このシルバーリーブでやる福引だから、そんなたいした商品なんて出るわけもないんだけど、我が貧乏パーティには選り好みする資格なんてない。例えそれがメモ用紙だったとしたって、無駄には出来ないわ。 いや、まあ。本音を言えば、例えばみすず旅館の割引券とか、猪鹿亭の割引券とか、そういうのが当たればいいなーなんて思ったりもするんだけど。 パーティ全員出来たとして、六回。 わたしは慌てて机を片付け始めた。 「ちょっと待って。ああ、ほら、ルーミィ。起きなさい」 「……んー、なんらぁ?」 「御飯よ、ご・は・ん」 対ルーミィ用の、魔法の呪文。 すると今までのぼーっとした態度が一変。とろんとした瞳に急に生気が戻ると、ぴょこんと立ち上がると、大きな声で言ったのだ。 「ルーミィ、おなかぺっこぺこだおう!」 夢の中でも食べてたのか、ヨダレ垂らしてるけどね、ルーミィ……。 「しっかしよー、クジ運ねーったらなー」 グビっとコップの中身を空けると、トラップは手を上げて追加注文をする。 彼一人が上機嫌なのは、商店街でのみ使える金権を当てたからだ。 ふんだ。今の追加注文は、トラップに支払わせてやるんだから。 福引の結果は、まあ要するにかんばしくなく。ハズレだけど、お菓子をもらったルーミィにとっては、当たりみたいなもんだろう。 他のメンバーも似たようなもの。 はずれだったり、この中から選んでくださいっていう、一番下の五等だったり。 わたしはペンを選んだ。お店のロゴマークが入っているやつで、赤と黒の二色が使えるようになっている便利アイテム。ノルは、やっぱりどこかの店の名前が入っているタオルで、クレイも同じみたい。 「そういえばキットン。キットンは何にしたの?」 「わたしですか?」 言って彼は、ある物をテーブルの上に広げた。 全員の瞳がそこに集中する。 なんだ、これ? 「あんだー? その辺に生えてる雑草か?」 「薬草ですよ」 「薬草ー?」 トラップの言い分もわからなくもない。 だってほんと、道端に生えてる草を引き抜いてきましたーって言われても、全然違和感ない気がするんだもの。 「薬草ってキットン。どんな効果があるんだ?」 フォローするようにクレイが問うと、キットンは説明書らしい紙を見ながら、 「体に良さそうな草です」 「…………はあ?」 「ですから、体に良さそうな草。そう書いてありますねぇ」 「良さそうっておめー、具体的に何に効くのかもわかんねーのかよ」 「それって、薬草とは言わないんじゃ……」 「まあいいじゃないですか。これは毒ですっていわれるよりは、身体にいい方が役に立ちそうですし」 そう言うとキットンは一人、大声で笑う。 大きな笑い声は、混みはじめた店内で、酒の入った男たちの喧騒にまぎれる。 みすぼらしい、その「体に良さそうな草」とやらを見つめ、わたしたちは大きく溜め息をついた。 キットンなら、そんなアバウトでも笑ってそうだなぁ、と。 |