投げたくなる石
道具袋にあると困る7のお題 <2>
− 投げたくなる石 −






「ああ、惜しい!」
「もうちょっと右ですよ、右」

 放物線を描いた軌跡に、わたしとキットンの声が重なる。続いて、その少し左を同じような弧を描いた石が通った。
 ああもう、ほんと惜しいなぁ。あともうちょっと。ほんのちょっと右なのに。
 でも、これって見てるからいえることなのよね……。自分でやれって言われたら、絶対無理だもん。
 ううん。惜しい以前の問題だわ、きっと。
「じれったいですねぇ。あと、もう一歩なんですが」
 キットンは、地団太を踏む一歩手前状態ってかんじで、唸ってる。わたしも同じ気持ち。
 ってー、ごめんごめん。説明しないとわからないわよね。
 なにが「惜しい」のかっていうと、あともうちょっとで入りそうだったのに、ってこと。
 クレイとノル、そしてトラップが、数メートル先にある箱に向かって、石を投げ入れている最中。これ、遊びじゃなくて、先へ進むための仕掛けなのよ。
 わたしたちの前には、深い崖が横に通っている。どんなに頑張ったって、跳んで渡ることなんてできっこないぐらいの幅でね。
 ただの洞窟ダンジョンだと思っていたら、とんでもない! 大きな山を中を通っているらしいこのダンジョンは、とにかく狭くて、うねうねしてて。分かれ道が少ないことが、せめてもの救い。これであちこちに枝分かれなんてしていようものなら、マップを描くのが大変だもん。
 マッパーのくせに大変な方向音痴なわたし。ダンジョンに入るたび、なにが緊張するってモンスターが出てくることもそうだけど、ちゃんとマッピングできるかなっていう方が不安なのよね。
 例えばさ、このダンジョンみたいに蛇みたいにくねくねした道があるとするじゃない? そのうねり具合、紙の上にどれぐらいの大きさで描けばバランスが取れるのかな、とかさ。
 分かれ道にしたってそう。違う道を進んでいるうちに、また元の場所に戻ってたりしてさ、なーんだこれはぐるっと回ってるだけだったのね、って頭ではわかるんだけど、紙の上では違うのよ。どうしてか繋がってない。元いた場所とは違うところに辿り着く図になってるの。
 わたしが自分の描いたマップを睨みつけてると、大体トラップが横から覗き込んできて、あーだこーだと文句をいう。カチンとくるんだけど、トラップの指摘って、哀しいけど的確なんだよね。
 だからもう少し、言い方っていうのを考えてほしいわけで。
 まあ今はそんなこと、いいとして。
 途中の分かれ道はどれも行き止まりばかりだったので、ほぼ一本道。ダンジョンの中を道なりに進んで、どれぐらい経っただろう。幅が狭くて一列になって歩いていたわたしたちの前に、ようやく光が見えた。
 やっと出口かと思いきや、目の前に広がったのが、今の光景。
 洞窟の中であることはたしかなんだけど、そこはちょっと開けた場所。今までずっと窮屈だったから、すっごい開放感がある。
 でもこれって、どうやって向こう側に行けばいいんだろう?
 ここまで来て引き返すだなんて、気が滅入る話よね。
 トラップが天井を見上げて、そこに跳ね橋を発見。あれを降ろして向こう側へ渡るようにしてあるみたいなんだけど、肝心の降ろし方がわからない。
 普通こういう場合って、下の方にハンドルやスイッチがあるはずなんだけど、どこにも見当たらないのよね。だだっ広い空間にあるのは、岩肌から零れ落ちた不揃いの落石や、積み上げてある手の平に乗るぐらいの石ころだけ。
 盗賊のトラップが壁という壁を調べてまわったんだけど、それらしい装置は発見できなかったの。
「あー、チクショウ。ぜってーなんかあるはずなんだよなぁ!」
 トラップが急に叫び、足元の石を向こう側に投げつけた。
 もう、やけになってどうするのよ。
「どうする? やっぱり引き返すしかないのかなぁ」
「進めないとなると仕方ないな。でも、ちょっと気が進まないけど」
「だよねー」
 広い場所に出たせいか、ルーミィがちょろちょろと動き回り、崖に落ちてしまわないようにとノルが慌てて付いていく。キットンは壁に付いているコケを採取しはじめ、トラップは続けて石を向こう岸へ。
 はあ……。
 クレイとわたしは、どうするべきか思案してるっていうのにもう。
「……お?」
 その時、トラップが声をあげた。そして今までなんとなく放っていた石を、今度はどこか狙いを定めた様子で投げる。拾い上げて、投げる投げる、投げる。
「ふん、いけるかもしんねー」
 え、なになに? どういうこと?
 トラップの視線を追ってみるんだけど、よくわかんない。
「ねえ、ちょっと。自分ばっかり納得してないで、説明してよね」
「ま、見てろよ」
 そういうと、もう一度石を手に、大きく投げる。
 トラップの手から離れたそれは、壁際の高い所にある箱みたいなのにぶつかって音を立てた。硬い音で跳ね返った石が地面に落下。ぶつかった衝撃でまた跳ねる。
 よく見ると、その辺りには同じような石が散乱している。単なる落石ではなく、トラップがさっきやったみたいに、こちらから投げた石が転がってるように思えた。なぜかっていうと、こちら側には積み上げた石の山があるのに、向こうにはないからだ。考えてみると、やたら不自然だと思わない?
「ねえ、だから一体なんなのよ。遊んでる場合じゃないんだからね」
「誰が遊んでるんだよ、おめーは何を見てんだ」
「トラップ、つまり石を投げて、あそこに当てるってことなのか?」
「そ、ほれよーく見てみな。ロープが伸びてるだろ。あの箱みてーなのはきっと橋の装置だぜ」
「あ、ほんとだ」
 よく見ると、たしかに。
 じゃあ、あの装置を動かすために、トラップは石を投げてるってことなわけ?
「ねえ、だからって石を投げるの? 逆に壊れちゃうんじゃないの?」
「壊れたら壊れたで、吊ってる力がなくなるってことだから、橋が降りてくんじゃねーの?」
「そんなアバウトな……」
「大体よー、こーんなあからさまに石がいっぱい置いてあんだ。どうぞ投げてくださいって言ってるみてーなもんじゃねーか」

 なんて会話があってから、一体どれぐらいの時間が経っただろう。時計がないからわからないけど、投石を続けていた二人が根を上げるぐらいには、時間が経ってしまっていた。
「だー! もう、疲れた」
「少し休憩しようか」
 トラップが悲鳴をあげ、クレイが一声。
「痛みを和らげるスプレーがありますよ」
 キットンが袋の中をガサガサと探しているのを横目にしながら、わたしは再び橋を眺める。
 トラップはああいうけど、これって本当にいい方法なのかしら。そりゃーたしかにわたしだって思うわよ? この石の山はあからさまに妖しい。なにかありますよーって言ってるみたいなもんだって。
 だけど、仕掛けを解くためのアイテムが、ご丁寧に同じ部屋に用意してあるなんて、いくらなんでもちょっと親切すぎるんじゃないのかしら。
「ぱーるぅ、るーみぃ──」
「ああ、はいはい」
 お得意の台詞を遮って、私はクラッカーを一枚ルーミィに渡す。長期戦になりそうだし、軽く何か食べられるものでも作りますか。

 腕が痛くなるまで投げつづけ、トラップが三度目の「疲れた」発言をした際、ルーミィの「しおちゃん、飛べるお」の一言で全てが解決がするだなんて、ああなんて情けなく無駄なことをしていたんだろう。
 シロちゃんの手によってすんなり降りた橋を渡って外に出たわたしたちは、空を見上げて、その高さに大きく息を吐いた。
 出てきた洞窟を眺めて、わたしたちはここに名前をつけた。
 石よりも意志を投げたくなる洞窟。
 なんて、ね。
















 強制終了。




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