道具袋にあると困る7のお題 <3>
− 炙り出すらしい紙 − 「パステル」 名前を呼ばれて、わたしは振り返る。 「なに? どうしたの、ノル」 声をかけてきたのは、我がパーティの一人、名前はノル。彼は巨人族で、みすず旅館のような建物では耐久性に難なりってことで、同じ部屋には泊まれない。だからいつも納屋をお借りして、そこで寝泊りしてるんだよね。 わたしことパステルは、印刷屋さんに原稿のことで相談に行って、戻ってきたところだった。 「これ、パステルに」 「手紙……?」 白い封筒。 だけど先日の雨が原因なのか、宛名の文字が滲んでいてよく見えない。 なんとか判別できるのは、シルバーリーブの住所と、わたしの名前ぐらいだった。 「詳しい住所はわからないけど、シルバーリーブでパステルって書いてあるから、そうじゃないかって届けてくれた」 「そっか。ありがとう、ノル」 わたしはにっこり笑って、それを受け取った。裏を返すと名前はない。 誰だろう? こんな風に誰かから手紙が来るなんてこと、あんまりない。 あんまりっていうか、ないに等しい。 知っている人なら、ちゃんと裏に名前ぐらいは入っているはずだもん。 ほんと、誰なんだろう? 自然と眉を寄せて悩んでいると、ノルが心配そうな声で訊く。 「どうした?」 「あー、うん。誰なんだろうって思ってさ。いいや、中を見ればわかることだしね」 そうして封書の口を開けようとしたわたしの背後から、大きな声で待ったがかかった。 「ちょっと待ってください、もしそれが罠だったとしたらどうしますか?」 「罠ぁー?」 いきなり不穏な台詞を口にやって来たのは、キットン。彼もまたパーティの一員である ぼさぼさの髪に隠れて見えない表情でそんなことを言われると、よく知らない人なら怪談話に聞こえるかもしれない。勿論、彼をよく知っているわたしとしては、またまたなに言いだすのよって感じだけどね。 「なに言ってるのよ。ありっこないわよ、罠だなんて。クエストじゃないのよ?」 「ですが、差出人の名前がないのには、少々危険を感じますよ」 「そうかしら? たまたまうっかりしてただけじゃない?」 「でもパステルだって、名前がないことに不安を感じたのではありませんか?」 ぎくり。 たしかにちょっとは不思議に思ったし、誰だろうって思ったのはたしかだけど。 だも、だからってねぇ。 それが罠である可能性なんて、考えないわよ。 「我々には、前にもこんなことがありましたよね」 「トラップハウスのことか?」 はいはい。そういえばあったなぁ、そんなこと。 以前、わたしたちの許へ一通の妖しい手紙が届いたことがあった。 差出人の名前もなく、やたら頑丈な作りで、もうどこから開けていいのかわかりませんっていう手紙。 受取人はトラップで、その彼が手紙にハサミを入れた途端、中からは真っ白な煙が出てきて。部屋は煙で充満するわ、トラップ自身も真っ白になるわで、大変な騒ぎだったのだ。 その手紙は、マックス・ザ・トラップと名乗る人物からで。トラップ家でもないのに、トラップと名乗っているトラップのことを怒っていて、挑戦してきたってわけ。 あの時も大変だった。 おっと、今はそんな場合じゃないわよね。 「でもさ、あれはトラップ宛だったじゃない。あいつならともかく、わたしに対して罠を仕掛けてくるなんて。そんな覚えないわよ」 「たしかにそうかもしれません。ですがパステル。あなた宛に送ることによって、トラップへ挑戦していると仮定することもできますよ」 キットンが言っているのはつまりこうだ。 わたしがこの差出人のない手紙を不審に思い、みんなに相談をする。するとこういった場合、なにかおかしな仕掛けが施されていないかを調べるのは、自然と盗賊であるトラップの役目になる。 つまり、直接彼に送らずに、周囲の人間に送ることによって、いかにも「なにかありそうですよ」っていう雰囲気を伝えているってわけ。 「……でも、そうは言っても今は無理よ。トラップ、まだしばらくは戻ってこられないでしょう?」 「そうですねぇ」 彼は今、クレイと供に出かけている。 二人の故郷であるドーマの近くに届け物を頼まれて、数日前に出発したばかり。 全員で行くほどの用事でもないし、わたしたちもこの町でバイトをしているから、急に止めるってわけにもいかないしね。 彼らはついでに実家の方にも足を伸ばすっていうことで、状況によって、ひょっとしたら一ヶ月ぐらいはかかるかもしれない、とのことだった。もしもなにかあるようなら連絡をするっていうし、これがトラップ一人だけなら心配だけど、クレイも一緒だからね。 そんなわけで、今ここには、罠を見抜ける人がいないのである。 うう、どうしよう。 「とりあえず、開けてみよう」 沈黙を破ったのはノルだった。 手紙に落としていた視線を向けると、頷いて返してくれる。 「もしも急ぎの用だったらいけないし」 「――そうよね。帰りを待ってるわけにはいかないもんね」 部屋からナイフを持ってくると、外へ出た。 ほら、前のこともあるし。 家の中よりは外の方が、なにかあった時に対処しやすいんじゃないかってことで。 ドキドキしながら、わたしは手紙の封を切る。 こういう時、トラップだったら「うわ!」とか言って無駄に脅かすんだろうなぁ。 予想に反して――というか、予想通りというべきなのか。 特になにか起こるわけでもなく、開けた手紙の中には一枚の紙が入っていた。 真っ白な紙。 裏表ひっくり返してみたけど、どっちも同じ。何も書いてない。 これってなんなの? 「なにこれ、イタズラ?」 「それにしては手が込んでますよ」 「わざわざ送ってきているからには、なにかあるんだと思う」 「うん、そうだよね」 でも、なんなんだろう。 わたしは紙を太陽にかざしてみる。透かしてみると、なにか見えたりするかなーって思って。 うーん、なにかあるような気もする。 でもそれってきっと、「なにかあるんじゃないか」っていう気持ちから、そういう風に見えてるだけかもしれないのよね。 つまり、先入観。 「ねえキットン。どう思う?」 「そうですね、ちょっと貸してください」 言われるままにキットンに渡す。彼はわたしと同じように空にかざしてみたり、顔を近づけて裏表を眺めてみたりと、手紙を調べはじめる。 ってああ、もう。そんな風に匂いなんで嗅がないでよ、汚いなぁ。 「これはひょっとすると、あれかもしれませんよ」 「え? あれって?」 「炙り出しですよ」 「あ、あぶり、だし?」 「そうです。微かですか、柑橘系の匂いがします」 炙り出し、ねえ。 それならたしかに、真っ白な状態で届くことの説明はつくけど。 隠さなければならないようなことが書かれているってことよね、これ。 一体どこの誰が? なんか今度は別の意味で緊張してきちゃった。 ううん、緊張っていうか、わくわくしてきた! なーにこれ、新たなる冒険の始まりって感じじゃない? ノルが用意してくれた火に、わたしは手紙をかざした。 燃えないように気をつけながら、注意深く、満遍なく熱を入れていく。 すると、 おおお。なにか浮かんできた! やだ、ホントに炙り出しだったんだ。 紙を持つ手が震えてくる。 ああ、燃えちゃう燃えちゃうっ。 浮かんできた文字、最初の言葉。 ――パ? 「パステルって、書いてある」 うん、そうそう。わたしの名前だ。 うっわー。ホントにわたし宛なんだー。 さらに文字を浮かびあがらせていく。ちゃんと読むのは綺麗に見えてから。全部一気に読みたいもんね。 「読むわね。えーと、パステルへ――。…………」 「どうした?」 「なんて書いてあるんですか?」 「知らないわよ!」 わたしはその手紙をキットンへとぐいっと突き出した。 わたしの迫力に驚いたように、一瞬怯んだキットンだったけど、今やちゃんと中身のある「手紙」になったものを手にすると、内容を見る。その背後に立って、ノルも覗き込む。 わたしは膨れっ面。 これを怒らずしてなにを怒りますか! 「どひゃっひゃっひゃっひゃ! そういうことですか」 読み終わったらしいキットンが笑い出す。 「クレイ達。早く帰ってこれそうで、良かったな」 ノルはいつもの穏やかな声で、そう感想を述べた。 そう。 つまり手紙はトラップたちからだったのだ。 実家での用事もたいしたことはなく、予定よりも早く帰れそうだって。 だったら、なんで普通に手紙を書いてこないのよ。 なんだってまた、わざわざ炙り出しなんて方法使って送ってくるわけ? しかも差出人の名前もなしに! んもう、期待させといてなんなのよこれ。 いや、勝手に期待したのはわたしかもしれないけど、でもこうされたらさ、誰だってちょっとは期待しちゃうものじゃない? 帰ってきたら、ぜぇーったいに文句言ってやるんだから。 「ばかぁ!」 わたしの声は青空に消える。 遠い空の先、トラップはくしゃみでもしていればいい。 わたしは力いっぱい、そう思った。 本編のどこかで、炙り出しネタってあったよね。 |