何処かを開ける鍵
道具袋にあると困る7のお題 <4>
− 何処かを開ける鍵 −






「随分たくさんあるんですねぇ」
「それが商売みたいなもんだからね」
 手を休めないまま、トラップのお母さんはそう言った。
 手伝いましょうかって言ったんだけど、お客さんなんだからって、止められてしまった。あんまりしつこく言うのも逆に失礼かなーって思ったから食い下がるのはやめたけど、やっぱり居心地はあんまりよくない。うう、わたしってば貧乏性なのかな。
 でもね、普段自分たちで行動して、そりゃ勿論宿に泊まったり食堂で食べたりってことはあるんだけど、それとはまたちょっと事情が違うじゃない? だってここは宿じゃなくて、トラップのお宅なんだもの。
 さっきまでは大勢の人がうごめいていて、ほんとすごい騒ぎだった。
 前に居合わせた時もビックリしたけど、食事時の部屋は尋常じゃない。どんなに流行っている食堂だって、ここまでバタバタなんてしていないと思う。
 今はそんな時間もとっくに終わって、ブーツ家の台所で食後のお茶をいただきながら、わたしはテーブルの上にある鍵の束を見ていた。隣に座るルーミィは、束のひとつを手にとって、カチャカチャと鳴らして遊んでいる。
「これ、どれがなんの鍵なのかって、わかるんですか?」
「そりゃあね、わからなきゃ意味ないだろう?」
「すごいですよね。わたしなんてとても覚えきれないもの」
 鍵の形が違うことはわかるけど、それが一体どこの鍵なのかーなんて。これだけの数があれば、絶対わかんなくなっちゃう。
 数えるのも嫌になるぐらいの鍵が連なった束が五つ、ドンと机に置かれている。
 だけど、これはただの一部だっていうんだもん。気が遠くなりそう。
 トラップに言わせれば、鍵がある宝箱なんて子供の遊びと一緒だっていうけどね。だけど、どの鍵かを探す手間を思うと、十分大変だって思えるんだけどなぁ。
 なにか仕掛けられていないかを調べるのが盗賊の仕事であることを考えると、たしかに「鍵がかかっているだけの宝箱」は、あんまり面白いものじゃないのかもしれない。調べ甲斐がないっていうか、ね。
 わたしは手持ち無沙汰も手伝って、鍵をひとつひとつ調べてみる。
 ひとつの鍵束には、大きさが揃った鍵が連なっている。
 これはきっと探す時にわかりやすいようにしてあるんだろうな。
 この箱を開ける鍵は、この束にあるやつだーってさ。
 形も様々。
 こうやって鍵をしげしげと見る機会なんてない。
 ってゆーか、たくさんの鍵を並べてみることなんてないからさ。
 鍵はひとつひとつ形が違うから、合致しないかぎり開かないって頭ではわかってるんだけど、いまいち実感として湧かないことが多かったんだけど、これを見てるとよくわかる。
 たしかに違うのよね。
 勿論、形だけじゃない。
 材質も違っているし、持ち手の部分の装飾も違う。
 宝石みたいなものが付いているのもあれば、紋章が入っているものもある。
 古いもの、わりと新しそうなもの。
 ほんと、色んな種類があって飽きない。
 はあー……、すっごいなぁ。

「面白いかい?」
「──え? あ、はい。すみません」
「謝ることじゃないよ」
 いつの間にか片づけが終わったのか、トラップのお母さんがわたしの前に座っていた。温かな湯気をあげるカップを手に、笑っている。
 差し出されたクッキーを会釈していただく。
 ルーミィは口いっぱいに頬張って、「こえ、おいしいえー」とご満悦だ。
 こらこら、こぼさないの。もう。
「歴史なんだよねぇ」
「はい?」
「その鍵」
 束のひとつを手にとって、じゃらりと揺らしながら、言葉をつづける。
「盗賊っていうのは、罠を仕掛けもするし、解除もする。そういう意味じゃ地味なんだけど、一番目立つことって、なんだと思う?」
「目立つこと、ですか?」
「冒険において、とっておきのもの」
 うーん、なんだろう?
 冒険をする中で一番っていうと、レベルアップ?
 ああでも、それは盗賊にかぎったことじゃないもんなぁ。
 トラップにとっての一番って考えると、わかりやすいわよね。
 えーと……。
 あ、ダメ。頭にギのつくアレしか思い浮かばない。
 クエストの中よね、クエストの。
 うーん、なんだろうなぁ。
 あ、そだ。あれだ。
「宝箱、ですね」
「そう。この稼業、何が一番っていうとやっぱりクエストで宝を手に入れることだからね」
 うんうん、それはわかる。
 どんなに大変なときでも「お宝」ってきくと、トラップのやる気は全然違うんだもん。
 普段はいい加減っていうか、めんどくせーって積極性に欠けるんだけど、宝があるとなると俄然張り切る。諦めないし、わたしたちの方が休憩しようよって思うぐらい、タフになる。どうせなら普段からそのやる気を見せてよ、って思っちゃうぐらいにね。
「じゃあこれ、そういった宝箱の鍵なんですか?」
「そういうのもあるけどね。例えばこれなんかは、うちで作ったトラップボックスの鍵だよ」
「作ったりもするんですか?」
「練習用だよ。鍵開けのね」
「そっかー。そうですよね」
 単に鍵を開けるだけじゃなく、そこにトラップが仕掛けられているっていうのはよくある話だ。警報装置がついていて、モンスターが出てきたり、扉が閉まってしまったり、落とし穴が現れたり。そういった罠があるかないか、あるのならばどう回避するか。訓練なしに出来るわけないもんね。
 トラップも小さい頃、この鍵を使って練習したんだろうか。
 あのおじいさんに、叱咤されながら。
 想像すると、なんだかおかしい。
 っていうか、可愛い。
 勿論そんなこというと怒るだろうから、本人には言わないけどさ。
「それからこれなんかは、わからない鍵だよ」
「わからない? なにがですか?」
「言葉そのまんまさ。一体なんの鍵なのか、わからない」
「ええー!? そんな鍵なんてどうするんですか?」
「まったくね、意味がないってもんだよね」
 わたしが声をあげると、トラップのお母さんは笑った。
 困ったように、楽しそうに。
 こういった鍵があるからには、必ずどこかにこれを開ける箱があるはずだ。
 だから捨てきれずに置いてある。
 いつか出会うかもしれない宝のために。
「はー……。なんだか気の長い話っていうか」
「わたしに言わせりゃ、現実味が薄いって話だけどね。だけど、そこはそれ。盗賊のロマンってやつなんだとさ」
「ロマン、ですか」
「そう、ロマン」
 わたしは、ここにはいない、自分のパーティの盗賊のことを思い出す。
 面倒くさそうな顔、横柄な態度、余計なことを叩く口。
 トラブルメーカーで、ちょっとした言動で事件を引き起こす張本人。
 そんな男が「ロマン」ねぇ。

「似合わないなぁ」
「似合わないよね」

 わたしたちは同時に同じことを口にする。
 重なったことで顔を見合わせ、それがおかしくて吹き出した。
 お茶のおかわりをいただきながら、わたしは考えた。
 謎の鍵。
 大事に持っていたそれが、実はとんでもない宝を開けるためのアイテムだったとしたら――?
 現実には絶対ありえなさそうだけど、物語の中でならそういうのもありじゃない?
 それこそ、胸を高鳴らせるぐらい、とびっきりドキドキする冒険物語だ。
「これ、ひとつ持っていくかい?」
「ええ?! だって、いいんですか?」
「わかりゃしないよ。捨てきれないだけで、大事に大事に扱ってるってわけじゃないんだ」
 そう言って、束からひとつ。古びた鍵を手渡してくれた。
 この手の中に、ひょっとしたらとんでもなく大きな宝になるかもしれない物がある。
 夢見るぐらいは、勝手だよね。
 うん、ほんと。それこそ「ロマン」だわ。
 わたしは鍵を握りしめ、 「じゃ、もしこれで宝が手に入ったら、お知らせしますね」
「そん時は、女二人で山分けだ」
「るーみぃもー、るーみぃーもーー」
「そうだそうだ。三人で山分けだね」
「はい!」

 笑顔で返事をして
 そしてまたわたしたちは、大きな声で笑ったのだった。















 




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