重要そうな置物
道具袋にあると困る7のお題 <5>
− 重要そうな置物 −






「待て待て待て。こういうのは、いかにもなにかありそうに見せかけた罠だったりすんだって」
 舌なめずりして、トラップはそれに近づいていく。
 シーフの腕の見せどころってわけね。
 彼が近づいていく先には、ガラス戸がついたチェストがあって、目的はその上。
 そこに鎮座している置物だった。


 わたしたちパーティは今、ある洋館にいる。
 洋館っていっても、もう誰も住んでいない古びた家。
 というのも、この村は随分前に廃村になった場所で、村自体がかなり荒廃している。
 わたしたちは、ここから半日ほど離れた場所に住んでいる、この屋敷の元住人に話を聞いてここを訪れた。なんでも、この家には隠された宝があるんだとか。
 じゃあ、どうしてその宝を持って村を出なかったのかって?
 それはわたしもそう思う。
 だけど、宝があるらしいっていうことがわかったのは、つい最近のこと。まだ若い、わたしより少し年上ぐらいの女の人なんだけど、お父さんが病気で亡くなって。家に伝わっているという、その家宝のことを、きちんと教わらないままになってしまったんだそうだ。
 クエストの帰りに立ち寄った町で、偶然その人を助けたことがキッカケで家に招かれたわたしたち。
 彼女の名前は、シレスティア。急ぎでないのから是非にと誘われて、食事をご馳走になった。その中で、昔住んでいた村の話になって、そしてつい最近、宝の存在を知ったという話になったの。
 これも何かの縁。わたしたちが冒険者ってことで、なんとかその村に行って、お屋敷の中を捜してきてくれないかと頼まれたってわけ。
 寂れてしまって、モンスターが出るって噂もある廃村だから、一般人──まして、お金持ちのお嬢さんがおいそれと立ち入れる状況じゃないみたいなのよね。
 頼まれたからには引き受ける。
 あんな風にお願いされたら、断れる冒険者なんてきっといない。
 まあ、もっとも? その「お宝」とやらに盛大に釣られた人もいるみたいだけどね。



「おーい、こっち来て大丈夫だぞ。警報装置みてーなトラップはついてねーみてーだ」
 しばらくチェストの前であちこち調べていたトラップがそう言って、わたしたちもそこに集まった。
 ここは、応接室だったんだろうか。二人掛けのソファーが二組。膝丈ほどの高さのテーブルを挟んで向かい合う形で置いてある。うっすらと埃がかぶっていて、もう随分と触れられていないことがわかった。
 上を見上げるとシャンデリアがぶらさがっている。
 だけど、カーテンが閉められて暗い部屋の中では、それもなんだか寂しく思えてくる。
 やっぱりさ、明るい部屋で光をあびて、そしてキラキラと輝いて見えるのがシャンデリアじゃない?
 剥がれたかけた壁紙や、湿っぽいソファーカバー。
 住む人を失った家って、なんだかとっても寂しい感じがする。
 この家は、そこそこのお金持ちだったんだろう。かつては、この村の名士だったと、そう聞いている。だからこその調度品だろうなぁ。屋敷に入ってから目にした家具は、どれもまだ使えそうなものばかりで。ついつい物欲の目で見てしまう自分が悲しい。
 普段、火事場泥棒的なことをしているトラップを叱咤しているわたしだけど、うう、これじゃ人のことなんていえないわよね……。
 さて。トラップが調べていたのは、部屋の扉を開けてちょうど正面に見える、壁際に置かれたチェスト。幅は一メートルぐらい。ガラス戸になっていて、中が見えるようになっている。きっとここに、お客様に見せるための物を飾っていたんだろうなぁ。綺麗な絵皿とかさ。
 今はもう何も置かれていないそこには、古びた花瓶や割れてしまった陶器のカケラなんかが散らばってるんだけど、チェストの上にひとつだけ、置物があったのだ。
 これも女神像っていうのかしら。丸い台座の上に膝立ちをしている髪の長い女性。両手を天に差し出すように上げていて、その手の平部分には穴が空いている。そう、ちょうど何かを嵌めこめばいいかのように。

「ねね、これってやっぱりさ」
「だろうな」
 わたしが尋ねると、トラップはにやっと笑ってそう言った。
 うんうん、やっぱりそうだよね。
 おっと、まだ説明をしていなかった。
 宝があるといったところで、どこをどう探していいのかわからないとなると、手のつけようもないわけで。一応さ、ヒントみたいなものが欲しいなって思うじゃない。
 そんなわたしたちに見せられたのは、古びた羊皮紙。そもそもこれが、宝があるってことを知るキッカケになったもの。
 紙には、書かれていた言葉はこう。

 せいほうにつきあるとき
 はるかてんじょうにむかい
 いしをささげたもう
 われらのあかしをたてるため
 はるかかこからなるたからを
 ふういんからときはなたん



 三行目の「いし」っていうのは、これのことじゃないかって、シレスティアさんが貸してくれたのは、父親から譲り受けたというペンダント。これもまた、ずっと家に伝わっているものだとか。
 瑠璃色をした親指ほどの大きさの石は、宝石っていう雰囲気でもない。なんていうか、言い方は悪いんだけど、普通に石っていうか。キラキラ光るようなものじゃなくて、どっしりしたイメージを受ける物。なんか変な模様みたいなのも見える。透き通ってないから余計に重く感じてしまうのかもしれないけど。
 言葉をメモし、ペンダントをお借りして。
 そうして、ここまでやって来たわけ。
「せいほう」っていうのはきっと、「西方」だろうなってことで、家の西側にあるこの部屋へ。そうして扉を開けて見つけたのが、この女神像だったのだ。
 つまり、この穴にペンダントの石を置くんじゃないのかなって。
 ほら、「天井に向かい、石を捧げたもう」って書いてあるしね。
 緊張の目で見守る中、トラップが恐々とその石を女神の手の平へと置いた。

「……………………」
「……………………」

 待ってみたけど、なにも起こらない。
 えー、なにこれ。はずれってこと?
「んだよ、なんも起こんねーじゃん」
 んな簡単なわけねーに決まってるじゃねえか、とトラップが早くも文句を言いはじめる。
 もしもし? 最初に「あの置物が妖しい」っていったの、あなたじゃなかったっけ?
「ちょっと待ってください。まだ諦めるのは早いと思いますよ」
「どういうことだ、キットン?」
「この文章の、最初ですよ」
「最初って、『せいほうに』って部分?」
「そうです。せいほうという言葉から、西を示しているのだろうと判断して、我々はここの部屋を選んだわけです」
「うんうん」
「しかし、この後の部分。ここの意味をまだ解いていないじゃないですか」
 キットンの太い指が、文字を指す。
 せいほうにつきあるとき、だ。
「つきってーと、運がいいとかそういう意味だろ」
 覗きこんだトラップがあっさりとそう言う。
「それだと、西の方角にツキがあるってことか」
「だからつまり、いいことがある=宝ってことじゃねえか」
「ああ、なるほど」
 それですばり解決といわんばかりのトラップに、クレイは相槌を打つ。
 うう、たしかに言われてみればそうかもしれないけどさぁ。
 でも現に今、なにも起きないじゃない。
「つきって、月のことじゃないのか?」
 ノルが指を上に向けて、そう呟いた。
「そっか。てんじょうっていうのは、部屋の天井じゃなくて、空の上──天上のことなんだ」
「となると、西方に月がある時に、石を捧げるってことか」
「月が西にあるということは、東には太陽が昇っているということです」
「ってことは、太陽の光にこのペンダントを掲げなさいっていうことね」



 わたしたちはひとまず女神像を持って、シレスティアの家へ戻ることにした。
 あの後、部屋のカーテンを開けて、射し込んできた太陽の光を受けても、石を持った女神像は何の効果も発揮しなかった。
 角度を変えてみても同じ。
 例えば、隠し扉が開くとか、隠し階段が降りてくるとか。
 そういったことは、まるで起きなかったのだ。とほほ。
 うん、でもね。
 その代わり。
 ひとつ発見したことがある。
 それを伝えるために、わたしたちは彼女の待つ家へ向かうことにしたのだ。



「早かったのですね。お怪我はございませんか?」
「ええ、大丈夫です。ところで、お話にあった宝のことなんですが」
「わかったのですか?」
「わたしたちにはわからなくとも、あなたにはわかるのではないかと思いまして」
「はあ……?」
 怪訝顔の彼女を尻目に、わたしたちは窓辺につく。ノルとキットンが一気にカーテンを開き、同時にトラップがあのペンダントを掲げた。
 すると部屋の様子が一変する。
 クリーム色の色調に整えられた部屋が、途端青く染まったのだ。
「これは──?」
「床を見てください」
「床?」
 シレスティアは、見下ろす。
 そして呟いた。
「……これは、村の地図?」
 そっか。やっぱりそうだったのか。
 ちらりとトラップを見ると、「残念」って顔で肩を落としている。
 そうよね、「宝の地図に違いねえ。ここに宝があるんだ」って騒いでいたんだもの。
 あの屋敷でわたしたちは、同じものを見た。
 女神像に置かず、単に手に持って翳してみた時。光を受けた石は、その地図を床に映し出したのだ。
 模様のように見えたのは、きっとこれのせいだったんだな。
 普段はただの石だけど、こうやって日の光に透かすと、淡い青色が一面に映って、まるで水の中にいるみたいな気分になる。
 すごく素敵。
 地図には、名前らしきものをいくつか入っていたんだけど、それは住人の名前らしい。
 今はもう地図からも消えてしまった小さな村の歴史が、この小さな石の中に封じ込まれている。
 光を受けることで、内側から解放される仕組み。

 あの言葉はこうだったんだ。

 我らの証を立てる為
 遥か過去からなる宝を
 封印から解き放たん


 かつてここにあった村。
 自分たちが生きていた証。
 場所は消えてしまったけれど、
 その事実までは消してしまわないために。



 すっと、部屋の輝きが引いていく。
 雲が、太陽を隠したんだ。
 まるで夢から覚めたように、部屋の中は一気に現実に引き戻される。
 トラップからペンダントを受け取ったクレイが、シレスティアさんの手に、それを返す。
 ふと我に返った彼女は、クレイを見上げ。
 そしてわたしたちみんなを見渡すと、深々と頭を下げたのだった。






「貰ってこなくてよかったの?」
「あんなもん、何に使うんだよ」
 意地悪そうに訊ねると、トラップはそっぽを向いた。
 その様子に思わず吹き出すと、すかさず頭を叩かれた。
「もう、なにすんのよ」
「しつこいんだよ」
「でも残念でしたよねぇ。せっかく調べたのに、あの置物はなーんにも関係なかったんですから」
 キットンが大きな声で言って、またみんなが笑う。
「意味ありげに置いてあったら、普通気になんだろーが。てめーらだって騒いでたくせに、他人面してんじゃねえや」
 トラップはそういうけどさ。
 でも、ねえ。なにいったって、負け惜しみにしか聞こえないわよね。
 あはははは。おっかしいの。



 今日の空も青い。
 天上に輝く、眩しい太陽を見るたび、わたしはきっと思い出すだろう。
 あの夢のような空間。
 青くたゆたう光景を──。

















 それっぽく見えても、実はそうじゃなかったという。
 ただそれだけのこと。





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