用途不明の種
道具袋にあると困る7のお題 <6>
− 用途不明の種 −






 それを最初に見つけたのは、ルーミィだった。
 外は朝からいいお天気の洗濯日和。
 布団とかシーツ、干さなくっちゃ。
 お日様の匂いを受けた布団で寝る時って、どうしてあんなに気持ちいいんだろう。
 単にふかふかしているのとは、少し違う。
 あったかくて、しあわせな気持ちになれるのよね。
 よーし!
 窓から顔を出して、空を見ていたら、下にルーミィの姿を見つけた。
 なにやらうずくまって、じっと地面を見つめているようだ。
 どうしたんだろう?
「ルーミィー、どうかしたのー?」
「ぱーるぅ、これなんらー?」
 わたしの方を見上げた彼女は、何かを握って、こちらに小さな手を突き出した。



「これって、なんだと思う?」
「種、かな」
「それはそうなんだけど、何の種なんだろう?」
「なんだっていーじゃねえか」
 欠伸を噛み殺しながら言ったのは、トラップ。まだ眠たそうな顔をしていて、ほっといたら二度寝でもしそうな勢い。「寝ぼけまなこ」とはこのことよね。ってもう、寝癖がついたままじゃないの。
 その隣、トラップとは対照的に身なりもしっかり整っているのは、クレイ。
 ほんと、この二人が幼なじみだなんて、どうにも信じがたい。
「ちょっとトラップ。いいから、顔ぐらい洗ってきなさいよ、みっともないんだから」
「いーだろ、他人の目を気にするわけじゃねーし」
「そういう問題じゃないのっ!」
 わたしが言い返すと、しぶしぶといった風にトラップは立ち上がり、出て行く。だけどきっと、怒ってなんていないはず。わたしだけじゃない、みんなきっと、なんだかんだで浮き足立っているんだ。この、新しい生活に。
 キスキン国の事件で思わぬお金を手にしたわたしたちは、なななんと、家を買ってしまったのである。猪鹿亭のご主人、ドミンゴ・ドミニさんおかげで、ほっんとこれ以上ないってぐらいに、素敵な家を。
 まだ始まったばかりの生活で、家具らしい家具もまだまだ全然。村の人たちのご好意で、不要になってしまったけどまだ使えそうな物を頂いてみたりして。
 少しずつ、少しずつ増えていく物、そのすべてが愛しい。
 わたしたちの生活が、ここに刻まれていくんだ。

「────だよな」
「え? あ、ごめーん。ぼーっとしてた」
 クレイの声に我に返る。
 彼は別に気にもしていない様子で、言葉を繰り返す。
「この種、たぶんキットンのだよな」
「まあ、そうだろうね」
 まだごちゃごちゃしている家の中だから、仕舞ったつもりでも仕舞ってなかったり、どこに仕舞ったかわからなくなったりすることが結構あって。昨日の晩も、予備のペンをどこに入れたのかわからなくなっちゃって、部屋の中であたふたした。
 わたしですらこうなんだもん。キットンとなると、自分の物をどこかに置いたままにしてそのまま忘れたってこと、ありうるわよね。
 たぶん、なくしたことにすら気づいてないと思う。

「戻ってきたら訊いてみよう」
「うん」
 キットンは、朝方にしか見れないとかいう薬草だかキノコだか、よくわからないけど、そういったものを探しに行っているようだ。昨夜の食卓で、豪語していた。採取してきますから、朝食にしましょうとかなんとか。
 食べられるのかどうか、ちょっと恐いけどね。
「ねえクレイ」
「ん? なんだ」
「この種、なんだと思う?」
「なにって……」
「だから、お花かな? それとも野菜とかさ」
「ああ、そういう意味か」
 みすず旅館に寝泊りしていた頃ならともかく、今はこうして家がある。庭がある。
 種を蒔いて、芽が出て、それが花を咲かせて、さらには実を結んだりする。
 わたしたちの手で。
 野菜なんかを育てられたら、素敵なことよね。
 家庭菜園ってやつ。
 自分たちで作ったものを食べる。
 買わなくて済むんだもの。これって貴重なことだわ。
 あー……、すぐそこに思考がいってしまうのは、積年の貧乏体質のせいってことで。
 ただ、ひとつだけ思うこともある。
 わたし達は冒険者で、毎日ここで生活しているわけではない。
 勿論、年がら年中冒険に出かけているわけじゃないわよ。レベルの低いわたしたちだもの。それに見合ったクエストがほいほいと見つかるとは限らないわけで。それに、冬の間はバイトで食いつなぐことも多い。だからこその家──帰る場所が、なによりも嬉しかったりするんだけど。
 家を空けることが多いってことは、世話ができないということ。
 こまめに水をやることだってできないし、雑草を抜いたりすることもできない。
 そんな状態で植えたところで、戻ってきたら枯れてました──なんてことも、ありえるわけでして。
 それって泣くに泣けない事態よね。
 いくらなんでも、居ない間の手入れをお願いしますなんて図々しいこと、リタにだって頼めないもの。彼女だってお店で忙しいんだしさ。わたしたちが不在の間、たまに掃除に来てくれるってだけで、充分ありがたいことだ。普通ないよね、こんなこと。ドミンゴさんには感謝してもし足りない。

「今ここで考えたって仕方ないさ。植えられるものなら植えればいいし。それにさ、まだ何の種なのかわからないんだ」
「そーそー、ヤツのことだからさ、またわっけわかんねー、妖しい種かもしれねーぜー。何が生えるのかは芽が出るまでわかりません、とかってな」
「言えてる」
 ひょいと顔を出したトラップが、キットンの真似をしてそう言って。
 わたしたちは、顔を見合わせて笑った。


 さーて、朝食の準備でもしようかな。
 昨日のスープを温めなおしているうちに、キットンも帰ってくるだろう。
 窓から入る風に髪を揺らしながら、わたしは風に揺れる花畑を想像する。
 種を植えて。
 庭いっぱいに、綺麗な花がたくさん咲けばいい。
 明るい太陽の下で。これからもずっと、この家と共に──

















 あの家で過ごした平和な時間って、実はすっっっごい短いと思うのですが。
 これはそのわずかな期間ってことで、ご勘弁を。





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