「ランチタイム」千鳥かなめ編


    ランチタイム  <千鳥かなめ編>




 その行為自体に特別な意味なんてなくて、
 なんとなく。
 そう、ただの気まぐれ。


 いつもいつも、味も素っ気もないコッペパンに、妖しげな干し肉をナイフで削りながら一人で食べてる姿が、つまらなそうに、おいしくなさそうに見えただけ。他意はない。
 前に一度、「そんな食事でおいしい?」と訊いたことがあったけど、いつもの生真面目そのものの顔で、
「腹は十分に膨れるぞ」だの「よく噛むことによって顎が発達する。それは身体的向上に繋がる。ASの操縦には不可欠だ」だの「干し肉は保存も効き、携帯にも向いている。いつ街中が戦場になったとしても、大事はない」だのと、味については全然触れない。しまいには「食糧保全というものは(中略)、つまり、千鳥。そもそも戦地における食事というものは(中略)、俺がアフガンにいた頃は、糧食といえば(以下割愛)。わかったか、千鳥」
「わかるわけないでしょ!」



 別に、その時のハリセンが原因で床に落ちた催涙弾が教室中を阿鼻叫喚に巻き込んだことに責任を感じてるわけじゃない。だってあれは、あたしのせいじゃなく、そう。ソースケのせいだ。先生に謝るのだって、あたしが仲介したんだし、そのくせ「テロに備えて日頃から対策を講じておかなければいざという時に困るのです」とかなんとか言い出して、神楽坂先生の血圧をさらに上げたソースケを再び昏倒させたからって、恨まれるのはお門違いってなもんよ。

 だから、あたしはソースケに気後れとかしてるわけじゃなく。
 ただ単に、今日はちょっとそんな気分だったというか、
 材料があったからためしに作ってみただけっていうか、
 こういうのが一般的な「食事」だと教えてやるというか、

 とにかく、そんなかんじよ。




 でも、そうやって黙々と食べられると、腹が立つ。
 普通さ、作ってきた人に対して、なにかしら感想を述べるのが礼儀ってもんじゃないわけ?
 鉄人の料理を食べた評論家になれって言ってるわけじゃないんだし。
 なによ、あたしの明日のトーストにするパン、返しなさいよ。
 むかむかとそこまで考えて、肩を落とす。
(──ま、ソースケ相手にそんな心使いを期待する方が間違ってるのかもしれないけど)
 心の隅っこあたりで、少女漫画みたいな展開をどこか思い浮かべていた自分が馬鹿みたいに思えてきて、わざと大きな口をあけて、卵焼きを口にした。フォークにウインナーをぐさりっと突き刺して、丸ごと頬張る。
 そうやって無心になって食べていると、ソースケがいつも以上に難しい顔つきで食べているのに気がついた。
 なによ、口に合わないとでも言うわけ?
「どしたの、ソースケ?」
 なるべく、穏やかに聞こえるように声をかけた。文句を言おうものなら――、見てらっしゃい。真空飛び膝蹴りをお見舞いしてやるわ。
「いや……」
 くぐもった声で短く返し、そして口の中の物をゆっくりと呑み下してから、告げた。
「美味いぞ」
 難しい顔のままでそう言うと、再びサンドウィッチを口に運びはじめる。

 ぱっと見、ちっとも喜んでなくて、聞く人によれば「それって嫌味?」って思うかもしれないような。
 そんな顔と口調。
 それでも、少なくとも。
 あたしの目には、ちょっと嬉しそうな顔に見えた。
 あ、喜んでる。
 ……ふん。しょうがないわね。
「また作ってきてあげるわよ」
 そう言って、あたしは笑った。



 今日の帰り、お弁当の材料でも買って帰ろうかな。
 それとも夕飯にカレーでも作って、持っていってやろうか。

「カナちゃん、どーしたの。なにかいいことでもあった?」
「ん? な、なんでもない、わよ。うは、うはははは」

 キョーコに返事をしながら、さて、大きめの弁当箱はどこに仕舞ってあったのか。
 あたしはそんなことを考えている。
「美味い」のたった一言が、どれほどあたしの心を掻き乱したか。

 きっと彼は、知る由もない。

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