リズム

 繰り返し、
 繰り返す。
 ただ、ひたすら、同じ事を。
 いつまでも、いつまでも、いつまでも──




リ ズ ム ...







「一丁あがり、っと」
 軽く放り投げた宝石は、月明りを反射させて闇に白く光った。
 その輝きに比べると、遅れて宙を舞う細いチェーンが随分と安っぽく見える。彼が見るに、この金の鎖は宝石の半分の価値もないだろう。どうせ取り付けるならばもう少しバランスというものを考えるべきではないだろうか。これではまるで釣り合っていない。
 そんなことを軽く不満に思うほど、自分は「見る」ことに慣れてしまったのだろうか。「宝飾の価値」というものを即座に判定してしまうほどに。それを手にし、間近で見ることに疑問を感じないほどに。
(だからって欲しいとは思わねーから、いっか)
 緩やかに欠けはじめた月に宝石を翳し見ながら、怪盗キッドはのんびりそう考えた。


        *


 予告状を出して、盗んで、返す。
 幾度となく繰り返す作業。
 1、2、3、と。
 まるでワルツのようだ。
 一定のリズムを刻みながら、来る日も来る日も繰り返し続ける。
 マントを翻し、踊りつづける。
 それが、怪盗キッドの刻むリズム。
 予告状を送る先が違っていたり、盗む目的が違っていたりもするけれど、「盗む」という部分だけは決して変わらない。世間がどんなに騒ごうとも、所詮怪盗キッドは「泥棒」なのだ。ただ、「返す」という部分が普通の窃盗犯とは違っているだけのこと。返却したからといって、行為そのものが許されるわけではないのだから、警察が追うのは当然だろう。
「……だからって捕まるつもりはねーけどな」
 屋上から街の光を瞳に映しながら呟く姿は、常に堂々と自信に満ち溢れた怪盗キッドからは想像もつかないほど、頼りない。ビルの縁に座りこみ風を受ける姿は、彼を追いかけている中森警部が目にすれば、「キッドの衣装を纏った、ただの子供」と一笑に付すだろう。そして、シルクハットの影に隠れている顔を見て、こう言うかもしれない。



「快斗、なにしてんの?」
「べつにー。用がなきゃ歩いちゃいけねーのか」
「そうじゃないけど、逆方向から来たから、どうしたのかなーって」

 住宅街の小さな交差点をまっすぐに突っ切ろうとしていたところ、左の道から聞こえた声は、快斗のよく知る声だった。
 こちらの姿を認めて駆け足で近づいてくるのは、くされ縁ともいえる幼なじみ、中森青子。くるくるとよく動く表情は、見ていて飽きることはない。笑ったり怒ったり、感情表現が非常に豊かだ。消して顔を崩さない──裏にある感情を悟られないように努めて、時には偽りを映す自分とは逆に、内なる感情をそのままに表す青子は、だからこそ自分をよく狂わせる。完璧なまでに計算したはずの事でさえ、あっけなく覆してしまう。
 ポーカーフェイスが信条、警察を手玉に取る、変幻自在、惑わしの君。そんな怪盗キッドのペースをいとも簡単に乱す人物がいて、それが自分の愛娘であると中森警部が知れば、一体どう思うだろう。

「そういうオメーは何してんだ?」
「今から買い物に行くの。お父さん、今日は帰ってくるって電話あったから」
 財布の入った小さなカバンを掲げて、にこり笑う。
 帰宅する余裕があるということは、昨夜の獲物は無事、所有者の許に戻ったということだろう。あまり強気には出られない事情がありそうな宝石だったから、「戻ってきたのなら、事を荒立てはしない」とかなんとかで、うやむやに解散させられたに違いない。
(納得いってねーだろうなー、警部)
 苦虫を潰した顔をする中森銀三その人を思い浮かべると、ついつい笑いそうになってしまう。それを押さえ込み、快斗は青子に答えた。
「それで慌てて買い出しかよ」
「だって、せっかくならちゃんとご飯作ってあげたいもん。いつも冷たいお弁当ばっかりじゃ味気ないでしょ」
 野卑したつもりもなかったけれど、青子はむっと頬を膨らませる。さっきまでの笑みが台無しだ。
「どこまで行くんだよ」
 付き合ってやろーかと言外に忍ばせて問えば、横を向いたままで「別にいいもん」と答えが返る。
 だけど青子が、荷物持ちに自分を使うつもりだったことはわかっているのだ。いつものことだから、といってしまえばそれまでではあるけれど。
 近づいてきた時の顔は、「助かった」と雄弁に物語っていた。
 キッドの起こした事件は幾つも報道されているから、テレビの前でさぞヤキモキしたに違いない。警察を応援するためにも、帰宅した父親には労いと景気付けがしたい、といったところか。目一杯買い込むつもりだろう。
「へーへー、そうですか。一人で平気、と。さすが力持ちの青子さん、男だよなー」
 だから快斗も、そう返す。
 途端、間髪入れずに襲ってくる青子の拳を、ひとまず避けずにまともに喰らったのは、警部を想う青子に対する罪悪感だろうか。
 これもまたいつものことだが、それなりに痛い。

 言って、返して、言って、返る。
 あまり深く考えたこともないけれど、それが自分と青子の自然のテンポというやつなのかもしれない。
 一方の青子は、グーで殴ったことなど気にもせず、スタスタと先へ進み始めた。見向きもしないということは、怒っている無言の主張だろうか。
「どこか行ってたの?」
 それでいて、こちらの返事を期待する言い方をしながら歩を進めていくのだから、たまらない。
 つまり、快斗が自分の後を付いてくることを前提にした会話なのだ。ついさっき、「別にいいもん」と言ったことは、もうすでに頭にないらしい。
 それは要するに本気の言葉ではなかったということで、他愛ない言い回しや言葉のあやは、互いにとって「なんてことない戯言」に過ぎないことを、明確にそうとは思わない無意識の領域でちゃんと理解している証拠だろう。
 ふとした時に気づく、そんな「小さな真実」に、快斗は笑みを漏らしたくなる。


「ねえ、快斗?」
 返事がないことにしびれを切らしたのか、後ろ歩きをしながら青子は問いかける。
「転ぶぞ」
「転ばないよーだ」
 舌を突き出してくる青子に呆れながら、いざという時に支えられる位置にまで、ほんの少し大股で距離を縮める。そうしながらもポケットに忍ばせた手で、青子を驚かせるための準備も忘れない。
 快斗が動き始めたことで安心したのか前へ向き直り、呑気そうに歩いている幼なじみのところまで、あと三歩。

 3、2、1

 心で呟く、カウントダウン。

 それがきっと「黒羽快斗」にとっての、リズム。

















 「ワルツ」でもよかったな、と。
 関係ないけど、私は三拍子の曲をこよなく愛してます。ゲロ萌えします。





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