− 冬 日 向 に 。− 「なーなー、屋上で喰おうぜー」 なんとなく、誰か一人の机周りを囲んで昼食を食べることが日常になった教室で、そう唐突に宣言した彼に対し、泉孝介は溜め息まじりに返した。 「さみーだろ」 言外に「めんどくせー」と滲ませて返してみたところで、この少年には通用しないのかもしれない。現に彼──田島悠一郎は、心底納得いかないという声で尚も言いつのった。 「えー、いいじゃんかよ。なあ」 言葉尻は泉に向けられたものではなく、この机に集まっている残る二人のクラスメートに対してだ。 勢いに押されるように、「あー……」と言いつつも、ちらり泉の顔を伺う浜田と、展開にまったくついていけてない様子の三橋の両名。どうにも歯切れの悪い浜田は置いて、こちらは汲み易しと踏んだのか、田島は三橋に言い寄った。 「なー、三橋。行こうぜ、屋上!」 がっしりと肩を抱き、仲間扱いである。 「え、あ あの、おれ」 「弁当、屋上で喰おうぜ。な」 空いた片方の手で窓の外を指し、田島はさらに同意を促す。 「三橋、付き合う必要ねーぞー」 ぐいぐいと締めつけられている三橋に助け船のつもりで泉が言うと、「む、無理して ない よ」と、切れ切れに答える。 「気持ち いいって、思う し」 続いた言葉に浜田が、「いや苦しいだろ」と小声で呟くのと、田島の言葉はほぼ同時だった。 「だよなー、だから行こうぜ浜田もー」 「うん、浜ちゃん も」 紅潮した顔で三橋が誘い、浜田はさらに困った様子で泉に目をやった。 視線を受けて、溜め息をつく。そして窓の外を見た。目線を遠く見ても、広がる青空には雲がかかっていない為、たいした判断材料にはならない。大きく空へと伸びる枝には、風を受けてそよぐ葉が今の季節にはないから、尚のこと。 (行ってみねーとわかんねーし、納得もしねーか) 笑顔の二人と困惑気味の一人を前に、泉は立ち上がる。机上の弁当箱に手をかけて顔を上げ、告げた。 「風が強かったら取りやめな」 「へーきへーき」 「平気じゃねーっつの。あんま身体冷やすのよくねーだろ」 「泉、こまけー」 「おまえがバカすぎ。バカは風邪ひかねーかもだけど」 「んなことねーぞ、おれだって熱出したことあるもんね」 「威張んなよ、んなこと」 動き出した泉に、浜田も昼食を手に歩き出す。遅れて、三橋。教室を出て廊下を階段へと進み始める頃には、田島と三橋が並んで前を歩き、それを残る二人がのんびりと追う位置に変わる。 田島の大声は、そこが教室ならば喧騒に紛れあまり目立たないけれど、冬場の廊下となると人数も少なく、故に反響する。それでも時刻は昼だ。購買に向かう人、換気のためか窓を少し開けている教室からは、声が漏れ聞こえてくる。 なにやら話に夢中の前方の二人を見ながら、浜田は改めて泉に声をかけた。 「なー、結局なにがどうなんだよ」 「なにがって、なにが?」 「おまえ、最初はやだっつってたくせに、三橋が言い出すと立ち上がったろ」 浜田の言葉に、「あぁ」と思い当たったように呟くと、息をひとつ吐いて答えた。 「別に三橋が言ったからとか、そういうんじゃねーよ。田島の問題」 「結局、田島の主張に負けたってことか」 「あー?」 なに言ってんだおめーは、という口ぶりで、泉は浜田を見る。 「行かねーと納得しねーだろ、あいつ。そんだけだよ」 「納得って、なにに納得すんだよ」 「おれだって屋上に行きたい気持ちはわかる。だから実際に上がってみて、本気で寒かったら、諦めるだろって話。まあ、あいつにはカンケーねーかもしんねーけど」 三橋が風邪でも引こうもんなら、阿部がうっせーよなー。 いっそうざいと思うほどに口うるさい阿部が容易に想像できて、笑うより前に泉はうんざりする。浜田には未だ理由がよく理解出来ないうちに、一向は屋上へと辿り着く。勢いよく開け放した扉の向こうはひどく明るく、浜田は反射的に目を細めた。 「ひょー、気持ちいー!」 「こら田島ー、はしゃいでんなー」 見えない向こうでは、田島の声が聞こえた。 浜田を置いて、泉は先に扉をくぐる。光を背にして見下ろしているのは、三橋だ。 「浜ちゃ ん。来ない の?」 「ん、ああ」 「すっごい 天気で、気持ちいい よ!」 三橋の向こうに、青が見えた。 曇りのない大きな青い空。 引き寄せられるように踏みしめて上がると、扉の向こうはぽかぽか陽気。日の当たる場所をすでに陣取った田島が、笑って手を振っている。振り返しながら屋外へ出ると、たしかにいい陽気で気持ちがいい。 「ほらー、やっぱり来てよかったろ。さー、喰おう喰おう、ハラ減ったー!」 「う ん」 わたわたと弁当を広げはじめる田島と三橋を見ながら、 「いい天気で、屋上が温かいだろう、って。そういうことか?」 ようやく合点がいった浜田に、冷めた目を向けて泉は呆れる。 「おまえ、今頃何言ってんだ?」 「だってよー、んなこと一言もいってなかったじゃん」 「別にわざわざ言わなくたって、そんぐらいわかんだろ」 不思議そうにそう言って、二人の方へ向き直ると、「ホント、うっせーの。ガキだよなー」とおかしそうに笑う。 突拍子もない、言葉足らずの発言にある真意を、事も無げにさらりと汲み取っている泉に、 おまえも十分同類だろう。 と、言いかけた言葉を飲み込んで、結局、そうだなと苦笑して同意するに留めた。 なんだかんだで付き合っている自分もまた、同類なのかもしれないから。 今は離れてしまった野球の世界に、こうして触れて、その仲間でいられることにひそかに感謝しながら、浜田は輪の中へ混じりこむ。 うまそう! 上がる声に付き合いながら手を合わせた、ある冬の日。 9組、愛!! 本当はお題を借りてきて、その中のひとつだったりしたのですが、 全部書き切る自信もなかったので、タイトルつけました。 ちなみにお題では、「おひさま」という名前で出そうと思ってました。 |