クラスメート5 放課後の生徒会
放課後の生徒会 編
風紀委員の仕事は、朝の風紀チェックだけじゃない。
校内にいるかぎりあたしは風紀委員で、休み時間も放課後も、それは例外じゃない。
風紀の乱れを取りしまる──なんて大きなことを言っているけれど、校則自体はわりと緩やかだ。数年前はなんだかんだと厳しかったらしいんだけど、生徒会によって色々と改革されている。生徒の声をひろって、積極的に動く。先生達の方も生徒がそうやって行動していることを、きちんと受け止めてくれているように思う。
ダメなものはダメだし、取り入れてくれるものはきちんと考えてくれる。
食堂の味気ないメニューや、購買部のパンの種類が増えたのも、そのおかげ。近隣の学校でも、うちほどメニューは充実してないんじゃないかな。
もっともこれは、それなりの寄付が存在しているからできることだし、こうやってメニューを充実させることで校外へなにかを買いに出ることを防ぐ意味もあるみたいだけど。
(行動力はあるのよね、あの生徒会長も)
風林館高校の青い雷──というのは本人の自称だけど、剣道部の主将で、対外試合でも好成績を収めてて。勉強の方が出来るのかどうかはよく知らないけど、同じクラスのなびきおねえちゃん曰く、「ま、あたしには敵わないけどね、九能ちゃんは」だとか。
おねえちゃん自身、ああ見えて結構頭はいいから、九能先輩も上位クラスということなんだろうと思う。
行動的で躍進派の生徒会長。
他校の生徒会、それに教師の間でも、九能先輩はそう呼ばれているらしい。
だけど、この学校の生徒はみんな知っているのだ。
九能帯刀という人は、その評判を上回るくらいの変人だっていうことを。
「天道あかね、僕に会いに来てくれたのだな」
「先輩に会いに来たんじゃなくって、委員会に出席するために来たんです」
「うんうん、照れるところもまたいじらしい」
「誰も照れてませんっ!」
両手を広げて突進してくるのをひらりと交わし、あたしは生徒会室に入る。中には書記の男の子がすでに着席していて、ほっとした。二人っきりでなんて待ってられないもんね。
別に先輩と二人で取り残されることに不安を感じてるわけじゃない。自慢じゃないけど、あたしは腕っぷしにはわりと自信があるから、返り討ちにするぐらい楽勝だったりする。家が格闘道場をやっていて、小さい頃から親について指導を受けてる。瓦より、ブロック塀を割るほうが気持ちいいぐらい。まあ、女の子としてはあんまりいい趣味とはいえないから、格闘をやっているだなんて口に出したことは、まだないんだけど。
カバンを会議用の机において、あたしは窓から校庭を眺めた。
生徒会室は三階の端にあって、窓を開けているとわりといい風が入ってくる。同じ階には資料室とかがほとんどで、普段人の出入りが少ない場所。元々、生徒会室というのは一階にあって、しかもそれが職員室のお隣さん。なんだか監視されてるみたいよね。
事実、過去の生徒会っていうのが、そこを拠点にいて素行の悪いことをやっていたらしく、その対策として教師の目が届く範囲に置いてたらしいんだけど。
これじゃ、生徒会に気軽に相談する生徒が少なくなってしまう。
そう主張して、生徒会室を移動させたのは、実は会計のなびきおねえちゃんだったする。
一見すると正しい主張のように思えるけど、あたしは知ってる。
おねえちゃんは、自分の商売を先生たちに邪魔されたくないだけなのよ。事実、生徒会室の一角は、なびきおねえちゃんのスペース。代わる代わるお客が来ては、封筒を受け取っている場面は日常風景と化しているけど、傍から見てると麻薬取引きじみていて、ちょっと異様だ。
風に乗って、歓声が聞こえる。
野球部がノックをする音。テニス部の素振り、ラグビー部がスクラムを組んで、サッカー部は走りこみをしている。うちって結構、運動部が盛んなのかもしれない。
緩やかな風が、前髪を揺らす。ふわりと空気を含んで、肩にかかる長い髪が後ろに流れた。それを手で押さえながら空を見つめる。いいお天気だ。部屋の中にいるのがもったいないぐらい。
背後で扉が閉まる音がした。
誰が来たんだろう? そう思って振り返ると、書記の男の子が消えていた。彼のカバンもない。そして他の誰の姿も見えず、いるのは九能先輩だけだった。
「先輩、みんな遅くないですか?」
「遅いわけではないぞ、天道あかね。僕が連絡してある」
「──連絡?」
「そう、今日の会議は都合のより中止するという旨だ」
「はあ? あたし、聞いてませんよ、そんなこと」
「はっはっは、これは僕としたことが」
妖しい。ひょっとして、仕組んだんじゃないのかしら?
よくわからないけど、どうやら九能先輩は、あたしに好意を抱いているらしい。どこまで本気かよくわからないんだけど、何度断っても聞く耳なしってかんじで寄ってくる。誰かに好かれるのって、そりゃ嫌われるよりはいいことだと思うけど、こういう好かれ方はちょっと迷惑だったりする。でも、先輩だし、会長だし。腕力にものを言わせるってわけにもいかないし……。
「じゃあ、あたしも失礼します」
そう言って帰ろうとしたところ、腕を掴まれ引き止められた。
「せっかくだから、もう少しゆっくりしていってはどうだ、天道あかね。とっておきの紅茶があるのだ」
「結構です。それにあたし、用があるんです」
「委員会があることになっていたのだから、時間は大丈夫ではないのか?」
「──な、なるべく早くって約束してますから」
掴まれた腕が、痛い。
痛いっていうより、なんだか圧力をかけられてるみたい。どうしよう。思いっきり殴るってわけにもいかないわよね。だけど、状況はあんまり良くない。逃げようにもあたしは窓際にいる。入口に向かうには、先輩を押しのけていく必要があるけど、上手くすり抜けられそうにはない。
唾を呑んだ。
どうしよう……。
その時だった。
あたしの顔の横をなにかがかすめたと思ったら、九能先輩の顔にその「なにか」がめりこんだ。白い──、ボールだ。
唖然としたあたしの後ろから、声がかかって、仰天して振り向いた。
「悪ぃ悪ぃ、手元が狂っちまったぜ」
「──さ、早乙女くん!? なんで、どうやってこんなところに……」
窓枠に手をかけて笑っているのは、同じクラスの早乙女乱馬。あたしは一体なにが起こったのかさっぱりわからなくて、口をぱくぱくと動かすだけ。そんな中、音もなく室内へと入ってきた早乙女乱馬は、未だに先輩の顔にめりこんだままのボールを、先輩の頭をたたいて落とす。床に跳ねて転がったそれを足で器用に掬うと、リフティングの要領で蹴り上げて片手で掴んだ。
そしてあたしの腕を取り、歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってよっ」
通り抜けざまに机のカバンをなんとかさらい、あたしは早乙女乱馬に引きずられるようにして生徒会室を後にした。
「ねえ、ちょっと、早乙女くんっ」
ぐんぐんと無言のままに歩いていく早乙女乱馬の背中に向かって、あたしは声を張り上げる。
「ねえってば、一体なんなのよ、あんた!」
「なんだよ、人がせっかく助けてやったってのに。礼のひとつも言えねーのかよ、おまえ」
「助け? なによ、それ」
「あいつ、あの間抜け面した生徒会長だよ」
あたしの声にようやく立ち止まって、振り返る。肩で息をつきながら、あたしは彼を見上げた。口を尖らせて、なにやら不機嫌そうな顔をしている。なにを怒ってるんだろう。怒りたいのはむしろあたしの方じゃない。
「おまえな、あんな野郎と二人っきりでいて、なんかあったらどーすんだ?」
「なんかって……、ここは学校だし、あそこは生徒会室なのよ。そんな変なことあるわけないでしょ」
「生徒会室なんて誰も来ねーよーな場所、一番危ねーじゃねえか」
「そ、それは──。でも、今日は委員会があってっ」
「おれが聞いた話じゃ、委員会は中止だって。隣のクラスのヤツが言ってたぜ」
「……あたしは、知らなくて」
「あいつがわざと知らせなかったんだろ」
「そんなのわからないじゃない、行き違っただけかもしれない」
「おまえ、バカ正直すぎんじゃねーの?」
「そ、そんなこと、あんたに関係ないでしょっ!」
ムッとして、あたしは彼を睨んだ。
なによなによ、こいつ。いきなり現れたかと思うと勝手に引きずってきて、あげくに人のことバカにして。
「大体、余計なお世話よ。あんたなんか出てこなくたって、いざとなったらあたし一人でどうとでもなるわよ」
「いくら格闘やってるからって、女のくせに、男に敵うわけねーだろ」
「そんなことやってみないとわからないじゃない、勝手に決めないで。男になんて負けないわ。九能先輩ぐらい、たいしたことないわよ」
「──んだよ、かわいくねーな、おまえ」
「かわいくなくて結構よ」
そう返して、あたしは腕を振り払った。そのまま彼の横を抜けて、階下へ向かう。背後からなにか言っているのが聞こえたけれど、あたしは立ち止まらなかった。ムカムカとしたまま階段を一気に駆け下りる。靴を履き替えて、そのまま走った。
なんだろう。
わからないけど、涙が浮かんでくる。
本当は恐くて、実は早乙女乱馬が現れたとき、ビックリしたと同時に、ほっとした。
よくわからないけど、安心して
そして、嬉しかった。
そう思う反面、なぜか悔しくて。
わからなくて、あたしは走る。
先輩に掴まれた腕より、早乙女乱馬に掴まれた腕より、
自分のぐちゃぐちゃな気持ちの方が、はるかに痛く感じる。
鈍い痛みは、それからしばらくの間、ずっと消えずに残っていた。