クラスメート7 Friendship
Friendship 編




「あかね、どうしたの?」
「元気ないじゃない」
 言って、あたしの前の席に二人が半分ずつ腰かける。
 今は三時間目後の休み時間。ついさっきまで黒板に羅列されていた英文が消されていくのを、なんとなく目で追っていたところだったあたしは、それに対して笑って答えた。
「そんなことないわよ。ちょっとぼーっとしてただけ」
「でも、あかねにしては珍しい」
「なにが?」
「だって、授業終わったっていうのに、まだ教科書もノートも出しっぱなしじゃない」
「──え?」
 あたしは目を落とす。
 大学ノートには、今はもう消されてしまった英文が書き記されていて、ラインを引いた赤ペンがキャップもしないままで転がっていた。
 そう。英語の時間は終わったんだ。次は数学。
 あたしはあわててノートを閉じると、机に仕舞う。そして、何気ないふりを装って、数学の準備を始めた。
「やだな、ほんと、ぼーっとしてるよね。どうしたんだろ、ははは」
 我ながら、その声はわざとらしかっただろうか。案の定、二人は顔を見合わせて、同時にこちらを向いた。
「──ねえ、どうしたの?」
「誰かに因縁でもつけられたわけ?」
「やだな、なんでそんな話になるのよ」
 ノートと教科書を重ね、机の上でトントンと整えながら、あたしは苦笑した。
 心配性だな──と、笑いながら、そんな風に思ってくれることがほんの少し嬉しくもある。
 彼女たちは、この高校に入ってから仲良くなった友達だ。
 同じ中学から上がってきた子とは、あんまり反りが合わなくて、入学したその日は孤立無援状態だった。
 初日だし、まあそんなもんだろうと思っていたけど、知らない人が多い中で、仲良さそうに話している子たちがいるのは、若干羨ましくも思ったのよね。我ながら子供みたいだけど。
 先生と対面し、出席の確認をして。初日だっていうのにいきなり遅刻してきた変なヤツがいたりもして、バタバタとしたままその日は終わって、誰とも会話しないまんまであたしは家路についた。
 高校はどうかね? なんて心配そうに訊いてくるおとうさんに、心配しなくても大丈夫よって言いながらも、実はちょっと不安だったりもした。風林館高校自体は、ひとつ上のなびきおねえちゃんも通ってるし、一番上のかすみおねえちゃんも通っていた学校で。文化祭なんかも覗いたことがあるくらい、あたしにとってはわりと見知った場所。
 そう。
 見知った場所だと思ってたから、余計に不安に思ったのかもしれない。
 知っていると思っていた場所は、本当はそうじゃなくて。
 なにも知らなさそうな子たちの方が、ずっと溶け込んでみえたのが、恐かったのかもしれない。
 不安とか、尻込みしてるとか。
 そんなことは表に出さず、あたしはおねえちゃんたちには笑ってみせる。
 小さい頃から、ずっとそう。
 意地っ張りだなーって、自分でも思うけど。

 翌日。まだ授業なんて呼べるものはなくて、校庭に集まって新入生全員で話を聞いたり、クラス単位で教室で説明を受けたり。結構、あちこち動かされた。教室の場所とか配置とか、そういうものに慣れてもらう意味があるんだろうと思う。
 昨日とおなじ。廊下を歩きながら仲良く話してる子がそこかしこにいて、楽しそうな声が耳にささる。
 いーなあ。
 思わず、溜め息が洩れる。

「はあ……」

 その時だった。あたしじゃない「ためいき」が聞こえたのは。
 あんまりにも同じタイミングだったのに驚いて横を見る。すると、その子も同じ気持ちだったんだろう。ビックリした顔をして、あたしの方を見た。
 知らない子だった。
 きっと違う中学の子だ。
 すらっと背が高くて、ストレートの長い髪がすごく綺麗。光の加減なんだろうけど、少し茶色がかって見える、とても大人っぽい子だった。
 しばらくの沈黙。
 それを破ったのは、やっぱり溜め息だった。

「──はあ……」

 新しく生まれた溜め息は、あたしとその子の間をすり抜けるように歩いてきた子。
 前を見ていなかったのか、それとも考え事をしていたのか。そこで立ち止まり、自分が人と人の間に割り込んでいたことに気づいたんだろう。足が止まる。
「あ、ごめんなさい」
 そう言うと、そのまま通り過ぎずに後退した。
 あたしと、その子と、髪の長い子と。
 ちょうど三角形の位置になった。

 また沈黙。
 どうしたものかと顔を上げると、髪の長い子と目が合った。
 目が合って、お互いに「何が起こったんだろう?」って顔をしているのに気づいて、
 その事がなんだか無性におかしくなってきて、
 笑いがもれたのは、ほぼ同時だった。

 笑い出すと、余計に止まらない。顔で笑い、次に声に出して笑う。
 あたしと彼女が笑っているのをビックリしたみたいに眺めていたもう一人の子だけど、やがてそれが伝染したみたいに顔がほころぶ。
 あたしも彼女も、その子を見て。
 そして今度は三人で笑う。
 なにがおかしかったのか。よくわからない。
 ただ、ずっと緊張して張りつめていた気持ちが、そこで弾けてなくなってしまったのは事実。
 軽くなって、それが笑顔を誘発していたんだと、今ならそうわかる。
 そこの三人、はしゃいでないでさっさと歩け──なんて、先生に叱責されて。あたしと二人は、自然と肩を並べて歩きだす。同じクラスだといっても、昨日の今日じゃ、顔だって覚えていない。
 あたし達は歩きながら改めて名乗り合い、そうして自分達が同じ立場であったことを確認した。
 つまり、孤立無援。
 たいして親しい人もいなくて、だからといって積極的に誰かに話しかけるには躊躇。
 仲良しの子が楽しそうに会話しているのを聞いて、思わず溜め息がもれちゃう。

 同じものを見て、同じタイミングで同じことを思い、そして同じタイミングで溜め息を落とす。
 なんて偶然。
 似たもの同士だね、あたし達──なんて、そんな風な意気投合だったけど、仲良くなるためのキッカケなんてものは、なんだっていいと思うのよね。
 その後は体育館で話があり、部活動や生徒会活動といった、学校そのものの規定じゃなくて、学校生活のあれこれを説明された。
 出席番号順に並んで座ってるんだけど、あたしのちょっと前に、あの長い髪の女の子が見える。後ろから見ても、やっぱり綺麗だなあ、なんてぼんやり考えながら、不思議に思った。
 ついさっきまでは、名前すら知らなかった子。
 さっきのことがなかったら、きっと今、こうしてあの子のことなんて考えもしてないはず。
 だけど、今のあたしは、あの子が「岸本結加」という名前であることを知っている。ちょっと大人っぽい雰囲気で、落ち着いた声で話す人であることを、知ってる。
(あたしも、そういう風に見えてたりするのかな……)
 自分の後ろにいるであろう、もう一人の女の子のことを思うと、ちょっぴり照れくさい。
 あたし、いっつも出席番号って後ろなのよね――と、もうすっかり諦めた口調で言ったあの子は、「三崎小百合」さん。あたしよりもう少し短いであろう髪を、ポニーテールに結っている、明るくハキハキと喋る女の子。

 あたし自身は結構しっかりしたタイプの人だと思ってるんだけど、彼女たちに言わせれば「あかねって、どこか抜けてるよね」とのことで。
 外見とは逆に子供っぽいところがある結加に、実はとってもしっかりしている小百合と。
 あたしたちは、それぞれがバラバラだった。
 だけど、その体育館での話が終わった後も、なんとなく三人寄り集まって教室に戻って。
 入学式の日は一人で座っていた席だったけど、あたしの席に二人が集まって、部活動はどうしようか――なんて話をしはじめて。
 翌日、教室を見渡して姿を見つけて、「おはよう」って挨拶をして――

 髪の毛いじるのって好きなのよねー、文字通り「結って加える子」なのよ。
 そう言って結加が、不器用なあたしの髪を綺麗に整えてくれるようになるのに、そんなに時間はかからなかった。


 今こうして、休み時間に、なんてことのないことを話したりすること。
 なにか変わったことがあったら「どうしたの?」って声をかけてくれること。
 それがとっても嬉しいことで、ありがたいことで。
 なのに、あたしは今朝のことばかりを気にしている。
 今朝――というか、今朝から今現在まで続行中のこと。
 今日は遅刻者ゼロ。
 つまり、早乙女乱馬は遅刻じゃない。
 遅刻どころか、無断欠席だ。

 べ、別に、あいつが休もうがどうしようが、あたしには何の関係もないことだけどっ。
 そうよ。きっと「今日こそはとっ捕まえてやるんだ」って思ってたのに、肩透かしをくらっちゃったから。
 だから、なんだか気が抜けちゃってるんだわ。
 大幅に遅刻して、休み時間にあっさり現れたりするんじゃないかって、
 そんなんだったら、絶対注意してやらなくちゃって、
 そう思ってるのに、来ないもんだから。
 だから、なんだか調子狂っちゃうのよ。

 はあ……。

 そう頭の中で結論づけて、あたしは息を吐く。
 すると、二人は再度顔を見合わせて、あたしに言った。
「だめよ、あかね。溜め息は一人でついちゃあ」
「そうそう、なんたってあたし達は――」

「溜め息吐息隊だもんね」


 同時にチャイムが鳴り響く。
 慌てて席に戻る二人を笑顔で見送り、心の中で手を合わせる。

 ごめんね、ありがとう。


 授業が始まってしばらくすると、隣の女の子から一枚のメモが回ってきた。
「三崎さんから」
 そう言われて、目を向けると、小百合が小さく手を振った。
 こっそり下を向き、机とお腹の間でメモを読む。

『 今日のお昼、ジュースはあかねのおごりね 』


 今度、溜め息をついたら、他の二人にジュース一本奢りましょう!

 あの日、三人でそんな取り決めをした。
 一人で沈まず、溜め息をつくときは、三人一緒。
 三人いれば文殊の知恵で、女三人いれば、かしましいって言うじゃない。
 最初のはともかく、後のは褒めてないよ、それ……。
 まあ、いいじゃない――なんて笑って、


 それでも発案者の小百合が一番最初に、ジュースの刑に落ちたのよね。
 そんなことを思い出しながら、あたしはメモ用紙と取り出すと、小さく書き記し、隣の子に「三崎さんまで」と託けた。



『 何を飲むか、数学終わるまでに決めといてよね!     あかね 』


















あかねに限らず、「らんま」において、クラスメートには名前がついてません。
だから、アニメにおける友達の名前に、私はずっとずっと違和感がありました。
アニメを見てても、それが余計に「嘘くさく」思えて、仕方がなかった中学・高校時代でした。
九能家のお庭番の方が、まだマシだったぐらいです(笑)

今回、「クラスメート」を書くにあたり、級友の存在というものを無視はできなくなりました。名前のない友達では、リアリティが薄いし、動かしようがない――、そう思いました。
苦肉の策として、漢字にして、ついでに苗字をつけてみました。
性格やらなにやら、勝手に捏造。

そうしてやっと、私の中で「許容」できる「友達」が見えて、彼女達は私の中で喋ってくれるようになりました。
よそのサイトさんには当たり前みたいに登場している、「さゆり」と「ゆか」は、この「クラスメート」の中にはいないと思いますので、その辺りはご了承ください〜。