フェアリー・ふぇありー・ふぇありぃ

毒キノコのお味はいかが?



 それは大きな国の、小さな森でのものがたり。

 この国には、とても珍しい種族がいることでゆうめいでした。
 なんの種族って、それは「妖精」です。
 見える人には見えるけれど、見えない人には見えない。
「はだかの王様」のような存在ではなく、わりとみんなに見えたりする、ポピュラーな存在でした。
 ポピュラーであるがゆえに、国民はかれらを普通の人と同じようにあつかいますし、
 ちょっとふしぎでべんりな能力を持っている人として、親しまれてもいました。

 人間の中には、いい人もわるい人もいるように。
 妖精だって、それは同じです。
 力を使って、わるいことをたくらむヤツだって、やっぱりいるのです。
 不思議な力に対して、人間はとても無力です。
 成す術もありません。
 けれど、だからこそ。
 そんなわるい妖精に立ち向かう能力を持った人たちがいます。
 それが、「ふぇありーばすたー」なのです!





「ここが、毒キノコの森だな」

 ひゅる〜と吹き抜ける風を受けて、一人の少年がたっていました。
 うしろでひとつにしばった、おさげ髪が、パタパタとゆれます。
 腰には、小振りの剣。銀製の篭手に胸当て。
 一見「冒険者」のような扮装ですが、そうではありません。
 彼はこう見えても(どう見えていようとも)、妖精退治の専門家「ふぇありーばすたー」なのです。
 はなしはこう。
 独り立ちのために、なにかおやじを言い負かすよい仕事はないものか。
 彼はそれを物色していました。
 いつも一緒に仕事をしていた父親から独立することは、彼にとって長年の悲願。
 なぜって、それは。
 父親ばかりが得をしているからです。
 自分がどれだけがんばっても、それは父親のしごと。
 自分は単なる助手Aでしかないのです。
 小林少年だって、もっと活躍させてもらえるんじゃないかと思うぐらいです。
 男なら自分の力を試したいじゃないか。
 もっともらしいことをいってみたりもしていますが、
 実は単に、自分にたおせない悪玉妖精はいないとおもっているのです。
 彼には、じふがあります。
 クレンザーではなく、ほこりです。
 といっても、はたいて払うあれではありません。
 じそんしんといっておきましょう。
 ひらたくいえば、「ぷらいど」です。


 そんなかれが、第一の仕事としてえらんだのが、クエスト名「毒キノコの甘い罠」でした。
 最近、この森には、悪い妖精が現れているらしい。
 らしい──というのは、誰もきちんと姿を見てはいないから。
 見ていない理由は簡単です。
 入った者は、誰ひとりとして生きて帰ってはこないからです。
 口から泡をふき、天を仰いでたおれ、手が空をつかみ、ぱったりと落ちる。
 なんとか森の出口に辿り着いた者の末路でさえ、こうなのです。
 いったい、どんなきょーあくでおそろしい妖精がいるのでしょう。
 腕が鳴るというものでした。
 実際、少し震えています。
 武者震いです。
 決して、恐いわけではありません。


「よし、いくぜ!」

 はじめのいーっぽ。

 踏み出した足はずっぽりと埋まりました。
 はなれません。
 なにやら、ねばねばとしています。
 必死の形相で地面から引きはがすと、白い糸のようなもの見えます。
 まるで、ガムをふんづけてしまったかのようでした。
「くそっ!」
 短剣を抜き、白いねばねばを切り落とします。
 気分は蜘蛛の糸につかまってしまった蝿でした。
 足を引き抜き、ネバネバのない後方へ下がります。
 その時でした。
 ざっと、虚空を引き裂くように白い糸が飛んできたのです。
 森の中はよく見えませんが、白い糸はある一点を中心にしてこちらへと放たれています。
 かざした手のひらから糸。
 歌舞伎役者のようでした。
 だけど、そんな程度のことはご愛嬌。
 身のこなしが軽いことも、彼のプライドのひとつです。
「はっ!」
 器用に宙返り。
 身体を丸め、くるくると回転しながらも、周囲に気をはることはわすれません。
 こちらは、さながらスーパー歌舞伎。
 腐ってもなんとやら。
 かれは、ふぇありーばすたーなのです。
 けれど、敵も侮るなかれ。
 まっすぐに向かってきていた白い糸は急に方向を変えて、回り込むようにして、右から、左から、後ろから、はたまた上から下から斜めから。東西南北よよいのよい。四方八方から彼を襲ってきたのです。
「くそっ──」
 舌打ちをします。
 白の糸は彼をとりまき。
 やがてぐるぐると円を描き、そして繭のように彼を閉じ込めてしまいました。



 森の木々がざわめきます。
 枝と枝を渡すようにして糸をかけていた繭に、人影が近づきます。
 そっと手をかざした時でした。
 内部でなにかが爆発したような勢いで、繭が破裂。
 中からは、あちこちを焦がした少年が、飛び出しました。
「ケッ。このおれをつかまえようだなんて、百万年早いぜっ」
 げふっと、黒い息を吐きました。
 なにやら頭からも、ぷすぷすと煙をあげています。
 そうして、慌てて逃げようとしていた人影の前に踊り出て、剣を突きつけました。

「我こそはふぇありーばすたー! 姓は早乙女、名は乱馬。汝・悪名高き妖精よ。誰が為、世の為、人の為、この剣にかけ、今ここに封じんとす!」

 高らかに名乗りあげ、剣を天にかざします。
 薄暗い森の中だというのに、剣はキラリと輝きました。
 これがふぇありーばすたーの封印具。
 内なる輝きを持って邪を退け邪を封じ、そして光によって浄化するのです。
 斬りかかろうとした少年は、振り上げた手を止め、足も止め、
 思考が止まったついでに、呼吸も一瞬止まりました。

 そこにいたのは、邪悪な妖精ではなく。
 まだ自分と同じ年ぐらいの、女の子だったのです。



「だ、だれだよ、おめー」
「…………あなたは、だれ?」
「おれは、ふぇありーばすたーだ」
「ふぇありーばすたー?」
 首をかしげる女の子に、乱馬は不思議に思いながらも、ちょっと偉そうにいいました。
「邪悪な妖精をやっつけるのが、ふぇありーばすたーであるおれの仕事だ。この森にも毒キノコを扱う妖精がいるっていうんで、退治しにやってきたんだ」
 ふんと鼻をふくらませて胸をはります。
「毒キノコ?」
「ああ、おめーそういう妖精知らねえか?」
「……うん、ごめんなさい。あかね、わからない」
「──あかねってゆーのか、おめー」
「うん、そうよ」
 そこで女の子はにっこりと笑いました。
 ぱっとキレイに開いた桜の花みたいな笑顔でした。
「毒キノコのことはわからないけど、この森にはたくさんのキノコがあるのよ。あなたも食べる?」
「キノコ?」
「そう、あのね、あたしはキノコの妖精になるのよ」

 妖精になる──とは、どういう意味だろう。
 人間は生まれついて人間であるように、妖精は生まれついての妖精じゃないだろうか。
 するとあかねは、言いました。

「もっとちゃんとした妖精にならなくちゃいけなくて、勉強中なの。しゅぎょーちゅーなのよ」
 おとうさんもおねえちゃんも、無理だっていうの。
 だけど、あたしだってやろうと思えばできるのよ。
 今度はあかねが偉そうにいいました。
「今までにも、色々な人を相手にしてきたのよ。あなたもあたしのお手伝いにきてくれたの?」

 手伝い。
 今まで森に入った人たちのことでしょうか。
 乱馬が考えている間、あかねはなにやらごそごそと手元を動かしています。
 気合とともに、ポコっと手の中にキノコが発生しました。
 黄色い斑点があるキノコでした。
 見ているだけでヤバそうでした。
 ふよふよと白い糸のようなものが流れています。
 菌でしょうか。
 乱馬は脱力しました。
 どこが邪悪な妖精なんでしょう。
 史上最年少のふぇありーばすたーになるという彼の野望は、空振りに終わりそうでした。
 今日はあきらめて帰ろう。
 まだまだ、時間はあるんだから。





「ねえ、どうしたの?」
「いや、なんでもねえよ。なあ、おめー、どこに住んでんだ。送ってってやるよ」
「────」
 するとあかねが黙りこみました。
 じっと地面をみつめ、爪先で「の」の字をかいています。
 ひょっとして地雷を踏んだんだろうか。
 乱馬はちょっと後悔しました。
「いや、その、いいたくねーなら別に……いや、そうじゃなくて、えっと──」
「あかねは、しゅぎょーちゅーなの」
 不意に言いました。
 きっぱりと言い切りました。

 でも、涙目でした。

「だから、おうちには簡単に帰っちゃいけないの。簡単には帰れないの。入口とか、そういうのもちゃんと見えないと帰れないの」
「──迷子なのか?」
「ちがうのっ。しゅぎょーなのっ」
「でも帰れねーんだろ、道わかんなくて」
「違うっ。帰れないんじゃなくって、帰らないの!」
 しきりに「迷子じゃない」ことを主張しました。
 随分とガンコな女の子でした。
 だけど、なんとなくわかりました。
 だって、「おれは立派なふぇありーばすたーになるんだ。それまでは帰らないからな」と書き置きを残して出てきたばかりだったから。
 なんだか似てるなと、そう思いました。

「なあ、じゃあ、おれんちに来るか?」
「──え?」
「おれも実はしゅぎょーちゅーの身なんだ。だから、おれとおめーは一緒の仲間だ」
「仲間?」
「仲間ってゆーのは、一緒に行動するもんだろ」
「そっか。そうだよね」

 あっさり合意。

 そうして彼と彼女は、森を出て、父親が待つ家に帰りました。
 妖精を退治せずに連れて帰ってきた息子に驚いた父でしたが、
 はじめまして、あかねです──と頭を下げた女の子を見て、顔をほころばせました。
 息子じゃなくて、娘がいたらいいなとひそかに思っていたからです。
 ただ、それだけではなく。
 ライバルのふぇありーばすたーに対する優越感のようなものも、あるにはありました。
 妖精を退治するものをふぇありーばすたーというように。
 妖精を操るものを、ふぇありーますたーというのです。
 ばすたーより、ますたーの方が、ランクが上なのです。
 家に妖精がいる。
 それだけで、ふぇありー系職業には、スキルアップに違いありません。




 修行という名のアルバイトをしながらも、ふぇありーばすたーへの道を進む乱馬くん。
 その隣にいるのは、キノコ妖精候補のあかねちゃん。

 この先、乱馬くんが、
 史上最年少のふぇありーばすたーであるのと同時に、
 史上最年少のふぇありーますたーとしてその名を轟かせることになるのですが
 それは、もう少し未来のおはなし。




「おかえりなさい。お世話になってばかりじゃわるいから、今日はゆうごはん作ってみたの」
「うぐぅ」

 ほかほかの白いごはん(に、ゴマのように見えるがきっと砂がまじってる)と、
 色鮮やかな、茜色のキノコたち。


 さあ、毒キノコのお味はいかが?












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