サンドリヨン1 その3
 月明かりの下。
 アカネは、行きは馬車でやって来た道を、行きは女の子だったランマと歩いて帰ります。
 とぼとぼと歩きながら、ランマはどうして女の姿になるのかを話してくれました。
 魔法使いの一族には色々な派閥があるそうです。
 派閥といっても、そこで争いが起こるというものではなく、扱う魔法の種類によって分けられている──、一族の中の一族といったところでしょうか。
 ランマの家は、代々森に隠れ住み、そうしてトアル国をはじめとした地域一帯の秩序を守ることを主とした家。
 従来の魔法だけではなく、新しく魔法の力を編み出すこともまた、魔法使いの腕のひとつ。
 独自の魔法を作り出し、また新たな力を会得することは、魔法使いのステータスにもなります。
 いい腕をしていると、評判になるのです。
 ランマの父親もまた、そういった「新しい魔法」に挑みつづける人でした。
 そして、ある日──


「呪い? 魔法使いなのに、呪いをかけられたの?」
「おれはとばっちりを受けたんでい」
「──どういうこと?」
「おやじが悪いんだ」


 どうも、ランマの父親が新しい魔法を会得しようと励んでいた時。力の使い方をあやまったのか、それを扱うどころか、逆に変化の呪いを返されてしまったのです。
 大いなる力を持つ魔法を得るときに、そういった危険もままあることです。
 こちらも魔法使いであることには変わりありませんから、なんとか呪いを緩和して、完全に変体するのは避けられましたが、ランマは少女の姿に、父親は動物の姿へと転じてしまうことになってしまいました。
 呪いによって、その異質な魔法を身体に取り込んでしまった形になります。
 完全に元の姿を取り戻すためには、受けた力を還元して放出していかなければなりません。
 呪われた姿は、十二時を境にして解けます。そうして太陽が昇ると同時に再び効力を発揮するのです。
 故に、ランマは昼間「魔女」として力を行使し、受けた魔力を大気に還しているのだといいます。

「それに女の方が、あの魔法、扱いやすいんだよな。だから、女の格好で活動すんだよ」
「だけど、さっきは今の姿になってたじゃない。あれは十二時前だったわよ」
「元に戻れねーわけじゃねえよ。ただ、ほんの数分しか無理だし、そんだけですげー力使うんだからな。疲れるんだよ」
「──じゃあ、どうしてそんな疲れる思いまでして戻ってたの?」
「…………ど、どーでもいーだろ、そんなこと」
 アカネの疑問に対して、ランマは視線をそらせて言いました。
 なんだか、訊いても答えてくれそうにありません。
 アカネは別のことを訊ねました
「じゃあ、お城のことは? なにがそんなに嫌だったのよ」
「──親父が借金してんだよな、クノウ家に」
「しゃ、借金? 王様に?」
「一応、この辺りを代々管轄してる魔法家だからな。多少の融通は効くんだけどよ、あのくそおやじは限度ってもんを知らねーんだよ。おかげで、すっかり睨まれちまって、今じゃおちおち森の外にも行けねえや」
 たしかに、あの森には近づいてはいけない──と、誰からともなく噂されています。
 魔物が出るからと人の立ち入りを禁じ、だからといって討伐隊が出るわけでもない。
 おかしな話だとは思っていましたが、どうやらランマ親子と王家の諍いが、それに関連しているようです。
「まあだから、あそこは危険区域だって思わせて、誰も近づいてこないようにしてるんだけどな」
 ランマは笑ってそう言いました。
 だけど、それは寂しくないのでしょうか?
 ご近所さんが誰もいないだなんて、随分つまらないとアカネは思いました。
 そう訊ねるとランマは驚いた顔をして、「そんなこと考えたこともなかったぜ」と呟きました。
 魔法使いというのは、基本的に「人」にはかかわらない種族なんだそうです。
 そんな話をしているうちに、いつの間にかテンドー家の前まで辿り着いていました。
「じゃあな。さっさと寝ろよ、風邪引いてんだろ?」
 あっさり立ち去っていくランマの背中に、アカネはあわてて声をかけます。
「ねえ、魔女さ──」
 そこで呼びかけに困り、少し考えた後に、こう言い直しました。
「ねえ、ランマ!」
「…………なんだよ」
 前方で立ち止まったランマが訝しげに問い返します。仄暗い闇の中、黒いマントの姿はそれとなく無気味に思えましたが、アカネは唇を噛んで続けました。
「あの……、また、会える?」
「さあな。しばらくはクノウ家がやかましそうだし、昼間は当分、森から出ねえつもりだし」
「じゃあ、夜。十二時を回ってからでいいから。だから──」
 不審そうなランマに向けて、アカネは笑顔で言いました。
「だから、今度は魔女さんじゃなくて、ただのお友達として会いに来てよ。今日のお礼、ちゃんとしたいもん」
「礼を言われるよーなことしてねーぞ」
「ううん、見ず知らずのあたしのために、魔法使ってくれたじゃない。それに、お城でも助けてくれた」
「それは、別におまえのためってわけじゃ──」
「いいの。魔女さんがなんのために魔法を使ってるのかとか、それはどうでもいいの。理由じゃない。結果として、あたしにしてくれたじゃない。それが大事なのよ」
 ランマは戸惑ったように黙りこみます。
 すっと視線を反らすと、「気が向いたらな」とだけ呟き、もっと深い闇に消えました。
 残されたアカネは風に吹かれます。流れる髪を手で押さえ、ランマが消えた方角を見つめました。
 魔法使いというのは人と関わることがないといいます。
 とっても偏屈そうなイメージを持っていたけれど、ランマみたいな人もいることを知って、少し嬉しくなったのです。
 それに、魔女のいる森は、テンドー家の裏に広がっているのですから、言うなれば「ご近所さん」です。
 ご近所付き合いは大事なのです。
「……来てくれる、かな……」
 わからないけれど、それを待っているのも楽しいかもしれません。
 アカネはくしゃみをして、慌てて家に入りました。




 翌日、トアル国中を王家の使いが遁走していました。
 昨夜の舞踏会で、タテワキ王子の見初めた姫君を探すためです。
 名前も告げなかった彼女の特徴は、赤いおさげ髪。
 残された髪留めの持ち主を探して、国は大騒ぎとなりました。
 その噂を若干遅れて耳にしたテンドー家では、寝不足気味のナビキと一晩寝て元気になったアカネとが、カスミの作った昼食を食べながら、昨夜の舞踏会の話をしていました。


「それで、お金持ちは捕まえたの? おねえちゃん」
「ダメね。ロクな男がいないわ。頭からっぽの奴ばっかりよ」
「お金があればいいって、そう言ってたくせに……」
「あんたバカね。才覚のない奴なんて捕まえたら、いくら金があったって意味ないでしょ。使い方を熟知する頭も必要なのよっ」
「──あ、そう」
「まあいいじゃない、ナビキ」
「おねーちゃんはいいわよね〜」
「……どういう意味?」
「実はねえ──」


 ドンドン


 とその時、玄関がノックされました。
 三人が出迎えると、そこには王家のお使いの方々がずらりと並んでいたのです。
 白馬に引かれた馬車の扉がガコンと開くと、玄関口まで一気に赤い絨毯が転がって道が出来ました。
 道を囲むように使者たちが並び、そこを堂々とやってくるのはなんと、タテワキ王子です。
「ふむ。この家の娘はそなた達だけか?」
「はい、我ら三人姉妹ですわ、王子さま」
「ふむ。では、この付近に赤毛の少女を目撃したことはないか? これの主を探しているのだ」
 そうして横の従者が恭しく差し出したのは、魔女がつけていた髪飾り。
「──あ……」
 思わずアカネは声を上げ、それを耳ざとく聞き取ったらしい王子は、アカネをじっと見つめました。
「知っているのか!?」
「いえ、全然っ。いや、あの。き、綺麗だなーって思って……、すみません」
「そうか……。しかし、時に娘よ」
「はい?」
「どこかで会ったことはないか?」
「──え?」
 昨日顔を合わせたことを覚えているのでしょうか。
 妙に熱っぽい瞳に、アカネは後退します。
 それを庇うようにナビキが前に出て、王子に向かって言いました。
「王子様ともあろう方が、花嫁探しの片手間に愛人探しするおつもりなのかしら?」
「なんと無礼なっ」
「娘、何様のつもりだ」
 従者が口々に言い立てると、ナビキは肩をすくめていいました。
「あら、何様はどちらかしら。せっかくいい情報があるのに、邪険にしか扱えないなんて」
「情報、だと?」
「ええ、そうよ。王子様がお探しの、おさげの娘の情報よ」
 驚いてアカネは姉を見上げます。
 王子も驚いてナビキにつめよります。
「娘、あの少女を知っているのか」
「銅貨10枚」
「か、金を取るのかっ」
「あら、情報ってのは高いのよ。一国の王にもなろうって方が知らないかしら」
「うぐぅ……」
 押し黙りました。
 アカネはさっきとは別の意味で驚いて、姉を見ます。
(ここまで図太いなんて、さすがおねえちゃんだわ)
 妙な感心の仕方でした。
 けれど今、この場を支配しているのは王宮の方々ではなく、テンドー家のナビキなのでした。
「見かけたことがあるのよね、どこに住んでいるのかまではわからないけど。なにか伝言でもあったら伝えてあげてもいいわよ、王子様」
「よし、ではその少女に会ったなら、このぼくが探していたことを伝えてくれぬか」
 王子がナビキの手に銅貨を落として言いました。
 ナビキはすっと銅貨を握りこむと、鷹揚に頷いて答えたのです。
「わかったわ、伝言は任せてちょうだい、王子様」



 王子御一行が帰った後、アカネはナビキに訊ねました。
「おねえちゃんってば、いいの? あんなこと言って。詐欺じゃない」
「あら、人聞きの悪いことを言わないでくれるかしら」
「だって、本当に知ってるの? その女の子を」
 するとナビキは言ったのです。
「なに言ってるのよ、知ってるのはあたしじゃなくて、アカネ。あんたでしょ?」
「──え?」
「昨日の舞踏会で、あたし見たのよねー。あんたとあの女の子。とゆーことで、あの子はどこにいるの?」
「し、知らないわよ、そんなの」
 それは半分正解で、半分は間違いでした。
 森に住んでいることは知っているけれど、住処がどこにあるのかは知らないからです。
「大体、どうしてあたしが──」
「あのドレス、高かったのよね〜……」
「──!?」
「知らないとでも思ってるの? アカネ」
「────ごめんなさい」






 こうして、おさげの君との連絡役を振られてしまったアカネですが、本当に連絡ができるかどうかは定かではありません。
 本当にランマがやってくるかどうか、わからないのですから。

(それでも──……)

 アカネは思います。
 今日でなくてもかまわない。
 明日でなくてもかまわない。
 そうすれば、待っている楽しみが出来るから。

 小さい頃、同じような気持ちで誰かを待っていた気がするのです。
 月と星が瞬く夜に、誰かがやってくる。
 それは夢の中での出来事だったかもしれないけれど。


 窓の外で木々がざわめきました。
 大きな月が写る窓に、光を遮るように人影が見えました。
 アカネはあわてて窓を開きます。
 夜更けの、ひんやりとした空気が顔を撫で、上気した頬をさらっていきます。


「ランマ、来てくれたんだ」
「──おまえが来いって言ったんだろ」



 月光を背にした魔法使いが、マントをなびかせて口を尖らせ、つれてアカネは笑いました。




 星降る夜に逢いましょう。
 それはきっと、すてきな夢に違いないのだから――
















目次へ