恋
しすぎ
た
思うに自分は、恋しすぎたのだろう。
溢れ出す感情のままに行動を起すことは、当然のことだと思っていた。
周りは皆そうであったし、どんなことであれ、「強くある」ことが最優先なのだから。
強くなくては生き残れない。
それが全て。
それこそが、女傑族の本懐なり。
「シャンプー、今日は婿殿のところへ行かんのかのう?」
「行かせないだ、シャンプーはおらと──」
突如割り込んできた声の主を、持っていたお盆で塞き止めて、シャンプーは振り向きもせずに答える。
「ひいばあちゃん、忘れたか。今日は特別、お店、忙しい日ね」
言うと相手は、ぽんと手を叩き快活に笑う。
「そうじゃったそうじゃった、商店街の連中が集まるんじゃったのう」
「お店手伝う、出前もある。とても人手足りないね。乱馬は今日でなくてもよいが、店の手伝いは今日でなければ駄目ね」
真顔でそういいきったシャンプーは、床に伸びている長身の男を引きずり、厨房へと消える。その姿を見送り、コロンは小さな肩を竦めた。
余裕があるのか、ないのか。
彼女の婿たる早乙女乱馬が本当に相応しい者であるのかどうか、正直なところ判断はつかない。それに、外野の気持ちはたいして重要ではないだろう。選ぶのは、彼女自身なのだから。
自身の力で選び取ること。女傑族の掟。
それが果たして本当に正しいといえるのか。
住み慣れた地を離れ、こうして日本にやってくると、縛られた価値観に多少の疑問も生まれてくるけれど、そのことを己の口から彼女に伝える気は、コロンにはなかった。
「……すべてはシャンプー、おまえ次第じゃ」
願うのはただ、彼女の幸せだから。
またひとつ息を落として思考を振り切る。
そして、数時間後の混雑の方へと思いを馳せた。
「のう、シャンプー」
「口を開く間があるなら、おまえもさっさと手伝うね」
冷たい言葉に瞬殺されてもめげないところが、ムースである。皿を布巾で拭きながら、愛しい彼女の背に声をかけることは止めなかった。
「おらとデートするだ」
「なに言てるか。聞いてなかたか、忙しいね」
「終わってからでいいだ。明日でもいいだ」
「明日は用事があるね」
「じゃあ、あさってでもいいだ」
「明後日も、その次もその次も、ずーーーっと無理ね。おまえの相手してる暇あたら、乱馬とデートするね」
「どーしておらの気持ちをわかってくれないだーー」
「うるさいね! 邪魔するなら、ささと出てくよろし」
涙を流し、ばむばむと床を叩き始めたムースに対し、冷徹に指を外へ向けたシャンプーは、心の底から呆れていた。
ムースはムースだ。
それ以上でも以下でもない。
ただの、ムースだ。
それだけなのだ。
自分の相手になるのは乱馬だけだし、それ以外にいるとは到底考えられない。
ムースは弱い。
彼とて男だ。自分より腕力は強いことは否めないだろうが、弱いのだ──乱馬よりも。
その時点でシャンプーにとっては、論外だった。
「シャンプー……」
「なにあるか」
うらめしげな視線を斜め下から受け、こちらも見下すように視線を突きつける。すると、負けたように微妙に視線をそらしつつ、それでもムースはこう言った。
「早乙女乱馬には天道あかねが──」
「あかねは関係ないね。これは乱馬と私の問題ね」
全てを言い終える前に、シャンプーは返事で遮った。
あかねのことはどうでもいいのだ。大事なことはただひとつ。
乱馬が選ぶ、ということだ。
そのために今、自分は此処にいる。戦っている。何もしようとしていないあかねに、口を出す権利なんてないし、出してほしくもない。おこがましいかぎりだ。あぐらをかいて待っているだけで乱馬を手に入れようとするだなんて、卑怯だしずるい。
彼を手に入れようとするこの想いは、あかねになんて負けやしない。
これは乱馬への純粋な想いなのか、
それとも、思うようにいかないことへ対しての執念なのか。
行き詰った気持ちを抱えて、見えなくなってしまっているだけではないのか。
前が。
心が。
自分の本当の気持ち。
どこまで望んでいるのか。
これは、執着?
違う、これは私の想いだ。
打ち消しながら、それでも余裕なく毎日を過ごしている。
迷っている暇なんて、ないのだ。
ド近眼で、アヒルで、やたらわめいて、よく泣く男。
幼少のみぎりからずっと近くにいて、誰に言われるでもなくよく知っている男。
もしもあの時、女の乱馬に負けたりしなければ、こうして日本にまで来ることはなかっただろう。
もしも乱馬に出会わなければ、ムースに対して何か変わっていただろうか、なんて。
そんな仮定を思い浮かべるにはもう、後戻りできないところに立ってしまっているのだから。
負けるわけには、いかないのだ。
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@シャンプー
彼女なりの哲学、みたいなものを考えてみました。
シャンプーは今にして思うと、わりといい子だと思います。
大人になってから、「らんま」に出会ってたら印象全然違ってたと思うもん(笑)