何が君
の
幸せか
「ひどいと思わない!?」
ふかふかのベットに埋もれていた彼の耳に唐突に響いたのは、愛しい人の声だったが、とても憤慨した様子の声だった。枕を引っつかんだと同時に、たった今入ってきたばかりの扉に叩きつけるほどに。
どうかしたんですか、と訊ねようとする前に、わかっていたことではあるが、彼女の口からその言葉は漏れた。
「乱馬のバカ!」
ぼふ。
乾いた音を立て、扉を打った枕が床に落ちる。
天道あかねはとても素直じゃないけれど、とても素直な人だと彼は思う。普段の言動は、素直だからこその行いであり、唯一「素直じゃない」と言える部分は、特定の誰かに対して肝心な部分で気持ちを偽るところだろう。
その相手が、自分の宿敵たる早乙女乱馬その人であることを、少々苦々しく思いつつ、彼女が心を開く人物が乱馬ではなく自分であることに優越感を覚えるのだ。小首を傾げ、声にならない声で訊ねると、愛しい彼女は微笑んでくれる。女神の微笑みだ。
「ごめんね、Pちゃん。ビックリしたわよね」
そっと優しく抱き上げてくれるあかね。愛しい人。間近に見る顔に心音は上がっていく。何時見ても、何度見たところで飽きることはなかった。
恍惚の人。
そんな時のPちゃん──響良牙は、かなり妖しい人物である。
それはもうまるで、「この世は二人のために」と言わんばかりの空想がめくるめく春を叫び、脳内では天使が舞っている。――が、その愛天使は時として残酷で、無邪気さ故に放つ真実は、彼の心を容赦なくえぐるのだ。
あかねの胸中にある悩みが一体なんなのか。訊くまでもなくわかっていることではあるのだが、そこはそれとして夢を追ってしまうのが恋する人間というものではなかろうか。
あかねの愚痴を聞きながら、Pちゃんはそう思う。
わかっているのだ、それは。あかねが部屋に入ってきたときから。
乱馬と喧嘩したとか乱馬と喧嘩したとか乱馬と喧嘩したとか乱馬と喧嘩したとか乱馬と喧嘩したとか。
この家に来て、Pちゃんと呼ばれるようになってからの日々で、そのことはとてつもなくよくわかっているのだ。
「──ねえ、Pちゃん」
「ぶぎ」
自分の声は、彼女の耳にどう届いているだろう。
小さな鳴き声に乗せた気持ち。
あかねさん、あなたがとても好きなこと。
出来るならば己の言葉で笑顔にさせたいこと。
この手であなたに触れたいこと。
熱いほどに胸に秘めたこの思い、気持ち、伝えきれない感情を。
わかっているのかいないのか彼女は、やっぱり優しく微笑んで「ありがとう、Pちゃん」と囁く。
甘やかな声色で、そっと。
やるせない感情は、その声を聞いただけで四散し、そして再び「頑張ろう」という前向きな気持ちへと変化させてくれる。
この気持ちは無駄じゃない、と。
溢れている気持ちを今は伝えられないけれど、豚だからできることを、精一杯に表現しよう。
ペットの言葉なんて、自分の好きに解釈するだろう。そういうものだ。素直に認められない心を、甘えられない心を慰めてほしいと願い、自分自身を癒す言葉を求めるのが人の心というものだから。
だからいつも思うのだ。
一体何が君の幸せなのか。
どうすることが彼女のためになるのかを思い、巡らせ。
そして此処にいる。
今の自分の姿はとても小さいけれど、いつか本当の腕で貴女を抱きとめられるように。
ずっと傍にいて、貴女の幸せを願っています。
貴女のために。
貴女のためを思って──
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@Pちゃん
永遠の片思いでいいんです、良牙は。(ひでぇ)