雨のち晴れ
雨のち晴れ
梅雨の空は落ち着かない。
起き抜けに仰ぐ窓の外は、八割の確立で曇天だ。
空気までもがじめじめとまとわりつくような気がして、気分は塞ぐ。
肌寒かったり蒸し暑かったり。
はっきりしないし、うっとうしい。
今日の空は珍しく蒼色だったけれど、今や一転して灰色へ。
今にもぽつりと来そうなくらいの空模様。
「走るぞ、あかね」
雨が落ち出す前に屋根のある場所へ行こうと、乱馬は早足で駆ける。
その背中を追いかけてあたしも走る。
すっと、目の前に線が走った。
頬に、腕に、つっと雨の軌跡。
僅かに瞳を上げると、地に向かって細い幾つもの雨が透明な幕を下ろし始めている。
「ちくしょう、降ってきやがったっ」
「ちょっ、待ってよ」
スピードを上げる背に追いすがるように声を掛けるけれど、その足は容赦なく動く。
その間に雨脚も落下スピードを上げ、その数も増し始める。
「なにちんたら走ってんだおめえは」
水を吸って張り付いた袖をむんずと掴まれて、勢いよく引っ張られる。
「ちょっと、痛いじゃないの」
「うるせえ、濡れちまうだろうが」
「とっくに濡れてるわよ」
シャッターの閉まった商店の店先に駆け込んだ頃には、びしょ濡れとまではいかないものの、濡れた髪から水滴が落ちるほどにはなっていて、取り出したハンドタオルで拭う。
少女へと転じている隣の乱馬はといえば、顎を伝ってぽたぽたと垂れる水を気にすることなく、軒先ぎりぎりから空を仰いでいる。
「止みそう?」
「たぶんな」
小さなタオルを乱馬へと差し出しながら訊く。
身を乗り出してあたしも空を覗いたら、東の空がわずかに明るいのが確認出来た。
ほどなく空は元の色を取り戻し、嘘のように晴れ間が刺した。
「くそう、なんだよこの天気はっ」
「あっという間の天気雨だったね」
集中的に降った雨が作った水溜りは、今は太陽を受けてキラキラと輝いて見える。
木々の葉に溜まった露は、それ自体が宝石のように煌めきに満ちている。
雨は嫌いだけど、雨上がりのこんな景色を、あたしは決して嫌いじゃない。
「おお、おさげの女に天道あかね! ぼくを迎えに来てくれたのだなー」
進行方向。
しゅたしゅたと袴を刳りからげ木刀を腰に下げて両手を広げやってくる九能先輩を、乱馬が無言でばきいと蹴り飛ばす。
陽光にきらりと飛んでいく姿に重なるように、空に七色の橋が掛かっているのに気が付いた。
虹を見つけると、なんだか得をしたような、そんな気持ちになる。
濡れた世界に天から光が舞い降りて、世界の全てが誇らしげに笑っているように感じられる。
空に掛かる巨大な光のアーチは、見上げる人すべてを歓迎し、そして未来へと誘ってくれるような、そんな気がするのだ。
蒼い空にかかる薄っすらとした──それでいて何よりも鮮やかな虹に向かって、あたし達は歩いていく。
「ねえ乱馬、知ってる? 虹の麓には宝物が眠ってるんだって」
外見たら雨が降ってたからこの小話が出来ました。
これを書いた数日後に、空に掛かるでっかいぶっとい虹を見まして、すげー感動したのでございます。
虹ってほんまは円ってのは知ってますが、やっぱりアーチってイメージだよね。扇形の弧ぐらいの虹はよく見ますが、その時の虹はほんまに180度で、車運転しながらとにかく感動。
自然の偉大さを痛感したものです。
【2003.07】