Cat's go on!



     Cat's go on!




 好奇心は猫を殺す。
 ひらひらと、ちょろちょろと。
 目の前でちらつく物に、飛びつかずにはいられない。
 それが猫というものだ。

「だから、つまり、そうやって気を引けばいいのよ」
 したり顔でそう述べたのは天道なびき。対してぼろぼろの姿で問い返したのは父親・早雲。
「具体的にはどうするつもりだい、なびき」
「それはあたしの知ったことじゃないわね」
「なびき……」

 フーッ!

 鋭い鳴き声とともになにかがぶつかる音がして、空からぼてっと落下したのは早乙女玄馬。眼鏡はすでに割れている。
「早乙女くん、大丈夫かーい?」
「まったく、情けないわね、おとーさんもおじさまも」
「なびき、そんな風に言うものじゃないわよ」
「でもさー、おねーちゃん」
「仕方ないでしょう、乱馬くんだって好きでああなったわけじゃないんだし」
「ま、一番情けないのは乱馬くんよね、たかが子猫一匹でさ」


 庭に迷い込んできた一匹の三毛猫。
 ごめんなさいね──と退場願ったかすみであったが、まだ小さいその子猫に、間も悪く遭遇してしまったのが早乙女乱馬。
 あとはもう、言わずもがな。
 逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて
 逃げ切れずにこうなった。
 猫となった彼は、未だ震える恐怖心からか、やけに興奮気味だ。よほど恐ろしい思いをしたのかと考えると気の毒ではあるが、元凶が子猫であると思うと同情する気持ちも薄いというものだ。
 少年が猫になってしまうことは、よくあること。
 それはそれで仕方がないというものであるが、ただ本日はやっかいなことに、大事な人物がいない。
 唯一、大人しくさせることができる少女・天道あかねが不在なのだ。
 仕方がないので、なんとか取り押さえようと男二人は奮闘するが、それも敵わず。引っかき傷だらけの早雲は、妖しげな割烹着姿の玄馬を揺り動かして泣きつく。
「ちょっとちょっと早乙女くんってば、しっかりしてよ。仮にも父親なんだからさー。息子に負けるだなんて、無差別格闘流の名が泣くよー」
「おとーさんだって似たようなもんじゃない……」
 呆れたようになびきは呟いた。
 さて、どうしたもんだか。
「私があかねちゃんの代わりになれればいいんだけど……」
「それは無理なんじゃないの?」
「ダメ、それはダメ、絶対ダメ」
「そうじゃ、危険じゃぞかすみさん」
 かすみの言葉に父親たちは血相を変えた。
「でも、私のせいでもあるし……」
「無理よ、おねーちゃん。乱馬くんはあかねがいーんだから」
「そ、そうね。乱馬くんはあかねちゃんだからいいのよね」
 本人が聞いたら赤面しそうな問答である。
「ええい、ここは一家の主として私がっ」
 すっくと立ち上がった早雲は、脱兎のごとく家に駆け込むと、物々しい甲冑姿で現れた。
「ひっさ〜つ、猫だましー」
 持参した子袋を放つ。それに飛びつくと、中からぱっと小麦粉が飛び散る。
 くしゃみをする猫乱馬。
「もらった〜」
 長刀を振りかざした早雲が飛びかかり、そして次の瞬間あっけなく屋根に撃沈する。
「ええい、こうなったらわしがっ」
 すっくと起き上がった早乙女玄馬が飛びかかり、あっさり地に落ちた。



   *



「タァー!」
「とりゃー!」
「ちょこざいなー!」
「あたた〜!」
「どしぇー」
「アポー」

「おとうさん、おじさま。お茶が入りましたよ〜」




   *



「ただいまー」
 夕方、帰宅したあかねは居間の前で足を止めた。
「ど、どーしたの、これ……」
 畳はぼさぼさになり、割れて外れ、その合間を縫うようにして、かすみとなびきがお茶を飲んでいる。廊下には雨戸がへし折られた状態で倒れ、その先の庭では木屑と瓦が散乱している。ふと見上げると、ところどころから空が覗いていた。
「あら、あかね」
「おかえりなさい、あかねちゃん」
「う、うん……。おねえちゃん、乱馬、は……?」
「大変だったのよー、あんたがいないから」
「ごめんなさいね、あかねちゃん。私がもう少し早く猫を追い出してたらよかったんだけど」
「う、うん……」
「乱馬くん、あんたの部屋にいるはずよ」
「あたしの部屋?」
「仕方ないじゃない、閉じ込めようにも他になかったんだもん」
 あかねは身体を翻し、自室に向かった。
 冗談じゃない。
 猫の乱馬が部屋に閉じ込められて、しかもそれが自分の部屋。
 まったく冗談じゃない。
 開けるのが怖い扉をしばし睨み、あかねはゆっくりとノブを回す。
 そろりと覗くと、ベッドの上──丸まって寝る姿が見えた。
「あら、まだ寝てるのね」
 付いて来ていた姉が声をあげる。
 不審そうなあかねの瞳を受けて、なびきはあっけらかんと答えた。
「乱馬くんを誘き寄せるために、あかねの服を借りたのよ」
「はあ?」
 目の前でちらちらと揺れる物に、猫はついてくる。
 父親たちが倒れ伏す中、なびきはなんの躊躇いもなくあかねの部屋から一着拝借し、それを持ってあかねの部屋へと誘いこんだ。
「闘牛士になった気分だったわ」と、なびきは言い、かすみがおっとり笑った。
「やっぱりあかねちゃんがいいのねえ」
「──な、なによそれっ」
「照れない照れない、いいじゃないなつかれてるんだし。嫌われるよりマシでしょ」
「あかねちゃん、片付けるの、手伝ってくれる?」
「許婚の不始末は、許婚にしてもらわないとねー」
「なんでそうなるのよ!」
「ねえあかね、乱馬くんの寝言、聞きたくない?」
「な、なによ、それ」
「ものすんごく面白かったんだけど、ねえ、おねーちゃん」
「なびき、あとで乱馬くんをからかっちゃダメよ」
 ニヤニヤと笑うなびきと、苦笑顔のかすみ。一人わけがわからないあかねは、気になるような──でもそう言うと、またなびきにからかわれそうな、そんな心で揺れている。
「気になる?」
「べ、別に!」
「あら、そお?」


 わざとらしく言ったあと、なびきはいつもの艶やかな笑みを浮かべて、あかねの耳元で囁いた。





















なんか100題の「猫」のんがよっぽど密着度高かったような(笑)
とことん路線を外す女・彩瀬。でも早雲おじさんとパンダ親父が書けたので、個人的に満足。
天道家のどたばたって好きです。

【2004.03.19】