心の鏡 side:Family


     心の鏡 side:Family






 乱馬とあかねが喧嘩をした。
 いつのもことである。
 たいしたことじゃないはずなのに、今回は少しばかり様子が違う。

 そもそも二人の喧嘩というのは非常にわかりやすい。
 あてつけるかのように背を向け合い、鼻を突き合わせては喧々轟々と罵り合う。
 あかねが乱馬に対してやりたい放題に痛めつけ、足蹴にしまくる。
 主導権はあかねにある。乱馬は売られた喧嘩をかっている状態だ。
 そして八割の喧嘩は持続性もなく、翌日には終結しているパターンがほとんどだ。
 その終結──仲直りにしても歩み寄るのはあかねであり、やはりこちらの主導権もあかねにある。乱馬はそのあかねにほだされているだけなのである。
 ところがこの一件。終始黙したままであり、二人は目も合わそうとしない。
 あの刺々しいオーラはなく、あるのは今にも消えてしまいそうな弱々しいもの。
 誰が謝るもんですか的派動がないのである。
 いつになく深刻そうな喧嘩に、天道家の面々は顔を見合わせる。
 二人がいないのを見計らい、緊急家族会議が始まった。




「あかねと乱馬くん、どうしたのかねえ」
「またあのばか息子があかねくんに何か言ったんじゃろう」
「それにしては乱馬くんも元気がなかったよねえ」
「我が息子ながらふがいない!」
 そんな二親を横目に、机に片肘をつきながらスナック菓子をポリポリと口にしていた次女・なびきは、そこでぼそりと呟いた。
「余計なことしない方がいいんじゃない?」
「だけど、なびき……」
「だいたいおとーさんがしゃしゃり出るとろくなことになんないんだもん」
 実の親にずばり言葉を吐く。
「なびき、おとうさんがかわいそうでしょう」
 腕で顔を覆い「なびきがいじめる〜」と泣く早雲の背中をあやすは長女・かすみ。こちらもこちらで親に対して子供扱いだ。
「あかねちゃん、大丈夫かしらね?」
「ああ……、あーかーね〜〜」
「ああ、もう、うっとーしいわね」
「なびき」
「なによ」
 早雲は涙を頬に張り付かせたままで、なびきに詰め寄った。イヤそうに後退する次女に早雲は訴えた。
「あかねの様子を見てきてくれないか」
「あたしが?」
「私が行くよりは、おまえの方がいいだろう?」
「ま、そうかもね」
 ふうと肩をすくめると、すっと手を差し出す。
 お手のポーズ
「なんだい、この手は?」
「労働報酬。今回はあかねに免じて、特別価格五百円でいいわ」
「──なびき……」
 新たな涙を零さぬよう、父は空を仰いだ。






「乱馬よ」
「──あんだよ」
「おぬし、またあかねくんと喧嘩しとるようじゃな」
「…………」

 道場で一人佇む息子に、早乙女玄馬は声をかけた。
 ムキになって反論を開始するかと思えば、決まり悪げに視線を反らす。これはやはり身に覚えがある。しかもいつも以上にひどいことをしたに違いない。

「おやじにゃ関係ねーだろ」
「ええーいこのたわけがっ」
 ぼかりと後頭部を殴打する。
「まだそんなことをぬかすか。よいか、乱馬よ。心して聞くがよい。そもそもあかねくんとおぬしは──」
 名調子で演説を開始した玄馬であったが、言葉は途切れ、そして聞き取れない──人外の鳴き声えと変化した。
 滴り落ちる水と、頭に被っているバケツ(防火用)

 バフォ

 重い身体で振り返ると、息子は道場の入口から出て行くところであった。






  「あかね、入るわよ」
 声とほぼ同時に扉を開け、なびきは妹の部屋に足を踏み入れた。
 あかねは机に突っ伏していたらしく、どこか厚ぼったい瞳をこちらに向けた。
 また泣いていたのだろうか。
 まったくこの意地っ張りの妹ときたら、普段は元気の塊のように許婚を罵倒しているにもかかわらず、一度落ち込むと目も当てられないほど傷心するのだから、困りものだ。
 ベットに腰掛け、無駄と思いつつ聞いた。
「あかね、なにがあったのよ」
「別に、なんでもないの」
「おとーさん、心配してるわよ」
「それでおねえちゃんが偵察にきたの?」
「偵察とは失礼ね。頼まれたから──」
「いくらもらったのよ」

 我が妹ながら、なんてするどい。
 まあ、否定はしないけど、これでもあたしにしては考えられない破格で引き受けたのよ?
 それには肩をすくめて答え、
「で、どうなのよ。どーせ乱馬くんがまたなんか無神経なことでも言ったんでしょ」
 ほんと、成長がないわよね。
「──別に乱馬がどうとか、それは関係ないの。あたしの問題だから……」
 いつもならここで「乱馬なんか関係ない」だの「あんな奴どーだっていいもん」とか「顔も見たくない」といった、乱馬なんて最低語録を延々と聞かされるのであるが、今日のあかねはそうではなかった。
 どうやら一筋縄じゃいかないみたいね。ここは対策を練り直す必要がありそうだわ。どーせ早乙女のおじさまに乱馬くんが説得されるわけないでしょうし──
 なびきはそう考えると、立ち上がって父親に報告に行こうとする。が、ふと思いとどまり、あかねの側に寄ると声を掛けた。
「なんでもいいけど、元気出しなさいよねあかね」
 シビアな姉であるが、妹のことは彼女なりに気にかけてはいるのである。






「ここはひとつ二人っきりにさせて、仲直りをさせようじゃないか」

 第二回家族会議で決定した事項を実行に移すべく、各員は行動を開始した。
 廊下をとぼとぼと歩いているあかねに、かすみは声をかける。


「あかねちゃん、ちょっといいかしら?」
「なーに、おねえちゃん」
「おとうさんと相談してたんだけど、納戸の中の物、虫干ししようかと思って」
「うん」
「悪いんだけど、その前に少し、片付けておいてもらえるかしら?」
「……わかったわ、おねえちゃん」
「お願いね、あかねちゃん」



 その数分後、あかねの軌跡を辿るように廊下を歩いていた乱馬を、早雲と玄馬は捕まえた。
「乱馬くん、ヒマかい? ヒマだよねえ」
「あ?」
「実はだな、乱馬。天道くんがおまえに頼みがあるというのだ」
「頼みって……」
「うちの納戸をね、虫干しでもしようかと思うんだけど、なにぶん随分とほったらかしになっていて、整理ができていないんだよね」
「それで──」
「そこで虫干しする前に、あらかじめ整理しておきたいんだ。悪いけど、頼まれてくれるかい?」
「まあ別に構わねーけど──」
「そうかい? いやあ悪いねえ」
 会話の途中からすでに背中を押し、納戸へと誘導していく。
「んな見張らなくても別に逃げねえよ!」
 がなりたてる乱馬を納戸の中に押し込み、修行時代に培った見事なコンビネーションでもって扉に棒を差し入れて固定した。
 これで布石は終わった。
 あとは中で二人が互いの思いを語らい、仲直りすれば完璧である。
 一仕事終わったとばかりに笑い合うと、至極当然の如く締め切った戸に耳を当てた。

「乱馬くん、頼んだよ」
「ええいあのバカ息子、しゃきっとせんかしゃきっと!」
「ちょっとおじさまもおとーさんもうるさい。聞こえないじゃないの」

 中の音はよく聞こえない。自然ともっと耳を押し当てる格好となっていく。
 生憎とこの納戸は、三人分の体重を支えられるほど頑丈な造りではなかった。
 ぎしっと鈍い音を立て傾いだと思った瞬間、戸は中に向かい倒れた。重力に逆らえず面々はそのまま内部へと雪崩れ込む。
「おとーさんが悪いのよ」
「だって早乙女くんが押すから〜」
「それはないんじゃないのかい、天道くん」
 誰が悪いのかという責任問題を議論する中、末娘と一人息子は仲良く凝固していた。





 数日後、二階からはいつもの罵声が響いてきた。
 居間でお茶を飲みながら、早雲は思う。
 まったく、あの二人は合わせ鏡のような存在だ。
 互いが互いを映し合い、反映する。
 片方が元気を無くせば同じく沈みこみ、笑顔になればつられ微笑む。
 それでいて肝心の心に関しては反面鏡。
 想いはちゃんとそこにあるのに、互いの心は裏返しなのだから──
 ふうと一息吐く。
「かすみぃ、お茶くれないか?」
「はい、おとうさん」


「乱馬のばかー!」
「あにしやがる、この凶暴女」


 今日も天道家は平和。
 日々是良好なり。


















「らんま」の面白さのひとつが、この家族の野次馬ぶりであるといっても過言じゃないでしょう。
そんなわけで家族編です。当初は予定になかったんだけど、やりたかったんです。
でも今ひとつ面白くないな……。くそ、やっぱけも先生はすごいっす。

【2003.08.08】