My dear

    My dear




 乱馬の考えることなんて、さっぱりわからない。
 ちょっとしたことでやたらムキになって反発してくるし、かと思ったら黙ってる。
 それはお互い様なのかもしれないけれど、だからといって腹が立つものは腹が立つ。
 なにかにつけて、ケンカにもっていこうとする。
 いつだってそうやって誤魔化して、
 うやむやにしてしまうんだ。
 なんだかあたしばかりが空回りしているみたいで、
 あたしだけが振り回されてるみたいで、

 すごく悔しい。



 意地悪で、口が悪くて、粗雑で、ずぼらで、呆れるくらい自信家だ。
 そのくせ、肝心な時には何も言わない。
 あたしの気持ちなんてまるで理解していない。
 無神経なことばかり口にする。
 少しは考えて言葉を選ぶということが出来ないのだろうかと、そう思ってしまう。




 互いに背を向け終えた食事の後、
 乱馬は居間を後にして、あたしはそのままTVに目を向けていると、あんたたちって、ほんと飽きないわよね──となびきおねえちゃんが呟いた。
 それに対して、反論する気も起こらない。
 口を開けば出てくる言葉は自分自身で想像がつくからだ。
 そしてその言葉に対して返ってくる言葉もまた、容易に想像がつく。
 だけど、イヤだとか、大嫌いだとか、そう思う気持ちは嘘じゃない。
 その時は本当にそう思う。
 むかむかして、いらいらして、どうしようもないくらいに渦巻く気持ち。
 身体を動かして汗を流しても、なかなか晴れることのない感情の嵐だ。

 乱馬が悪い。
 全部、乱馬が悪いんだ。

 決め付けるようにして息を吐いても、どこか後ろ暗い──重いものが胸にある。
 言い過ぎたかな?
 怒ってるよね……
 顔なんて見たくないと思っていたにもかかわらず、もうすでに乱馬の顔を思い浮かべている。
 どうすれば仲直りできるだろうかと、もう考えてる。
 腹が立っていることと、隣に乱馬がいないこととは別のことのように思う。
 そこにいるから喧嘩になる。
 いなければ喧嘩になんてならない。
 そこにいるから顔が見える。
 いなければどんな表情をしているのかわからない。
 そこにいるから話が出来る。
 いなければ言葉を交わすことなどない。
 言葉を交さなければ、仲直りすることすら出来ないのだ。



 そこまで考えて肩を落とし、はあと大きく溜息を漏らす。
 ベッドに腰掛けているため、正面には本棚がある。
 ついこの間買った本に混じって、一冊の本が目に入った。
 料理関係の本が幅をきかすなか、ひとつだけ違う──編物の本だ。
 クリスマスだ、バレンタインだと世間が騒ぐ時期に、周りに感化されてつい買ってしまった本。
 勿論、それは完成することもなく終わって、編みかけたままでクローゼットの中に眠っている。
 時折思い出したように取り出して編んでみては、失敗して梳く作業を繰り返しているので、毛糸はもうボロボロだ。今からやればきっとそれが必要になる時期には間に合うだろうと思っているのだけれど、その野望は絶たれ気味だった。
 諦めが悪いと自分でも思うけれど、こればかりはどうしようもない。
 自分の手で作りあげた物が不恰好であることは承知しているけれど、それでも作ってみたいと思う。

 違う。
 作ってみたいんじゃない。
 あたしは乱馬に作ってあげたい──作りたいんだ。
 普段、さんざん人のことを不器用だのなんだのと言う彼に、見せてやりたいと思うのと同時に、プレゼントしたいと思う気持ちがある。
 渡したいのは物や形じゃない。
 そこに編みこまれている気持ちだ。
 だけどきっと、素直にそう言えるはずもないことをあたしは自覚している。
 開け放した窓からは、カーテンをゆらして風が入ってくる。
 空調の風より、こういう自然の風の方が心地よく感じる。
 その時、カーテンがもぞもぞと動いた。
 風とは明らかに異なる動きだ。
 侵入者──
 あたしは忍び足で窓辺に寄ると、わざと驚かすようにしてカーテンを開けた。
 慌てふためく乱馬が、足を滑らせて窓枠にしがみついていた。
 あたしと目が合うと、ばつが悪そうにあさっての方角を向く。
 そんなとこに張りついてないで、中に入れば?
 そっけなく聞こえる口調で、あたしはぷいと背中を向けて再びベッドに腰掛ける。
 後に続くようにして乱馬の足音が聞こえた。




 いがみあって、
 言いたいことをぶつけて、
 すっきりしたようで、それでいてどこか罪悪感を拭えないのがあたしと乱馬のケンカだ。
 ごめんなんて言葉を乱馬の口から聞いたことなんてない気がする。
 悪かったなと、ぶすっと呟く。
 いつもそんな感じだ。
 なによ、それ
 そう思いながら、でもそれが乱馬の謝り方だとわかっているから、
 しょうがないなと、思いながら、
 なによ、バカ
 とあたしは返して、それで終わる。
 そのまま話をする時もあれば、出て行く時もあるけれど、それでもケンカは終わりだ。
 また同じことを繰り返すことはわかってはいるけれど、少なくとも、その時にした「喧嘩」は終わる。





 道場で乱馬が稽古する姿を入口に立って眺める。
 射し込む陽射しに、道場の埃がきらきらと中に舞って光っている。
 乱馬の顔から流れる汗と、飛び散る汗が、同じように光って見える。
 乱馬は光の中にいる。
 いつもいつも、光ってる。
 どんな時も、
 どこにいても、
 自身の光に溢れてる。

 うらやましい。

 ずるい。

 悔しい。

 うじうじと悩んでばかりいる自分に引け目を感じる。

 入口から吹き込んだ僅かな風で、乱馬がこちらを向いた。
 覗き見していたみたいで、少し焦る。
 今までの思考を悟られたようで、焦る。
 手にしていたお盆を落とさないように、あたしは中に入った。
 お茶とおまんじゅう。
 座り込んで、庭を見ながら二人で食べる。
 ついさっきまでケンカしてたことなんて、まるでなかったことのように並んで座ってる。
 あかねの手作りでなきゃ安心だ
 そう言って笑われて思わず振り上げた拳を、やっぱり笑いながら避ける真似をする。
 子供みたいな笑顔だ。
 さっきまでの真剣な表情なんて欠片もない。
 怒る気も失せるぐらいに、無邪気な笑顔。




 意地悪で、口が悪くて、粗雑で、ずぼらで、呆れるくらいの自信家。
 ちっとも優しくなんかない。
 だけど、本当はわかってる。
 全部裏返しなこと
 ひどく遠まわしなこと
 遠すぎて、回りすぎてわかりにくいけど、それが乱馬だ。
 それが乱馬の表現の仕方だ。
 時々零れてくる乱馬なりの優しさはとても小さいけれど、それでもあたしの中に降り積もる。


 遠いようで近い距離
 近づいては離れていく
 まるで太陽と地球みたい
 空が闇に覆われても、やがて朝の光が訪れるように
 いつも、いつもそこにある
 いつもいつでもそこにいる
 輝く太陽に負けないように、出来ることを探したい。
 太陽の光を受け止められるように、
 あたしは乱馬のそばにいたい。
























【2003.07】