November rain
November rain
まっすぐに落ちてくる幾重もの筋は、何度も何度も染みを作り、やがてアルファルトを黒く変えていく。
固い地で、水が跳ねる。
11月に降る雨は寒々しい。
雪へと変わることもなく、ただ、涙のように町を濡らし続けるだけだのだから。
叩かれた頬の痛みよりも、目の前の現実の方がよほど痛い。人影すらない道で、乾いた音を立てて鳴ったのは己の頬か、それとも相手の手なのか──そんなとりとめのないことを考えているのは、ただの逃げに過ぎないことを彼はわかっていた。
彼──今や彼女と化した早乙女乱馬は、唇を噛んで俯く。
何故だろう。
いつも同じことの繰り返しだ。
自分が何かを言って、そしてあかねが怒る。
日常的な──喧嘩とも呼べないような、ただの口喧嘩。
その場限りで終わってしまうような、そんな程度のものなのに。
ごくまれにセーブがきかなくなる。
ちょっとした言葉のあやに対して言い返してきて、それが妙に頭にきて、いつの間にか売り言葉に買い言葉の応酬になってしまうのだ。
こうなるともう、お互い後には引けない。
つまらない意地の張り合いだと後になって思うけれど、その時はそんなこと思わない。本当は頭のほんの片隅でわずかに残った理性が叫んでいるのだけれど、口は反対のことばかりを発している。自分では止められないのだ。
カッとなって、言わなくてもいいことも口にする。
それはあかねの方だって同じじゃないかと思うけれど、それでもダメだった。
あの顔。
大魔人のように怒り狂った顔で、まるで脳天に雷でも突き刺さるが如く放たれるあの「乱馬の、ばかー」と、同時にくる脳天への鉄槌を喰らった方がまだマシだ。
目の淵に涙を滲ませて、喉の奥から搾り出すように「ばか」と言われるくらいなら、何度でも殴られたほうがいい。よほどすっきりする。
それが自分達の喧嘩だと思うから──
風が吹いた。
転がったままの傘が風を受けて回り、乱馬は無言で足元にぶつかったそれを拾いあげ、そして畳んだ。
傘は必要ない。
差しかける相手はいないのだから。
あかねが濡れるのを承知で走り去ったのだ。自分一人が傘を差す気になど、それでなくとも到底なれやしなかった。
追いかけて、呼び止めるべきなのかもしれない。けれど、それが出来ずにいる。
もう家に着いただろうか?
家族はどう思うだろう?
迎えに行けと脅されて出かけた形にはなっているが、気になっていたのは事実だった。かすみから傘を受け取って、さも面倒くさそうに家を出る時、なびきは見透かしたようににやりと笑っていたが、段々と暗さを増していく空を見上げていると、そんなことはどうでもよくなった。
学校の用事だとかで遅くなると言っていたのを、そのまま待っていればよかったとも今更ながらに思ったのだ。
キッカケはなんだったんだろう?
直接の言葉がなんであったのかは、もうよくわからない。きっとあかねだってそれは同じだろう。
原因なんてどうでもいい。
大事なことはただひとつだ。
叩きつけるように、雨が身体を打つ。
張りついた前髪を指で払い、そのまま抱え込むようにして頭を掻く。
黙っていると、泣きたくなる。
握り拳を作って、脇のブロック塀に叩き込む。次に頭を打ちつけても、ちっとも痛くなかった。
痛いとも思えなかった。
胸の中の方がよほど苦しかった。
空が光る。
雨はまだ、止む気配はなかった。
11月に書かなっ!という強迫観念というか、旬のものというか。ここ最近雨が多いので「まさに」だなーということで「Nevenber Rain」です。
なんてゆーか、救いようのない話だね
【2003.11.20】