Snow White Chapter 4  三人の刺客
 


 そんな頃、あかねを抹殺してご機嫌だった小太刀姫は、久しぶりに鏡に問いかけました。
 賛美の言葉こそ、美のエネルギーです。
「鏡よ鏡、この国で一番美しいのはだ〜れ?」
 ツンと鼻をそらせて、「それは小太刀様でございます」の言葉を受けます。
 けれど微笑んだ口元は、今日再び硬直したのです。

「──ですが、魔の森の奥深くで小人たちと暮らしているあかね姫は、輝きを増している」
「なっなっ、なんですって!?」

 どういうことでしょう。
 あかねは抹殺したはずです。
 あの暗殺者が止めを刺しそこなったのでしょうか。
 だから──!? 
 小太刀は電流に打たれたように気づきました。
 あの暗殺者があかねの髪を献上した時のことです。
 褒美をつかわす、なんなりとお言いなさいな──というと、意外なことを言ったのだ。それは──

「──実家に帰って家業を継ぐから暇をくれって、それはつまり、暗殺に失敗したから自信喪失して辞める──と、そういうことですかしら」
 なんということでしょう。
 依頼した仕事を失敗するのは(褒められたことではありませんが)ともかく、それを偽り、隠して逃走するだなんて、暗殺者の風上にも置けない行為です。そんな者を雇っていた自分も「恥じだ」と嘲笑されてしまう行為です。九能王家の面子にかかわります。持ち帰った髪は本物であることは鑑定済みですから、あかねの髪は今、とても短いはず。みじめな姿であるはずのあかねが、輝きを増している──。
 有り得ないことです。
 ますますもって殲滅が必要でした。
「こうなったら、森へ直接刺客を送り込まないといけませんわね……」

 オーホッホッホッホッホ。
 ざわざわざわざわ。
 吹き荒れる風が窓を叩きます。
 狭い部屋で、笑いつづけていました。



   *



 城内でよりすぐりの精鋭を選出し、小太刀はまず第一の刺客を呼び出しました。
「一体なんの用だ」
「まあ、無礼な口ですわね。この私が直々に仕事を命じてやるというのに、なんて態度です」
「おれは別に仕事を受けるとも受けないとも言った覚えはないぞ」
 不機嫌そうに男は横を向きました。
 鋭い目つきは、たしかになかなかの手だれのようです。
「ここへ来た時点で、貴方に拒否権などございませんことよ、たしか良牙といいましたかしらね」
 たしかにそれはそうです。
 このお城で働くかぎり、女王様──もとい、お姫様の命令に逆らえるわけがないのです。
「──それで、おれに一体なんの用なんだ」
「魔の森へ行き、奥深くにある小人の家へお行きなさい」
「……小人、族?」
「ええ、そうですわ。でも狙いはそんな小人ではなく、そこにいるはずの、あかねとかいう娘です」
「……あかね、さん?」
 良牙の目がキラリと輝きました。お城で働いてる男性ならば、ほとんどの人が知っている名前です。彼もその一人であり、そしてひそかに憧れを抱く者の一人でもありました。
「おれに、どうしろというんだ」
「あかねという娘を、二目と見れない姿にしておしまいなさい!」
 明日の太陽は拝めませんわ、オーッホッホッホッホッホ。
 小太刀姫の高らかな笑い声を背にしながら、良牙は森へ向かいました。


(……あかねさんを汚すことなど、おれにはできん。しかし、仕事は仕事だ──。だが、しかしっっ!)
 良牙は苦悩していました。
 天使のようなあかねさんを苦しめるべきではないという思いと、自分が生きるためにはやるしかないという気持ち。二つの心に挟まれて、彼は迷っていたのです。
 心の迷宮です。
 でも実際には、道に迷っていました。
 彼は、天性の方向音痴だったのです。
 ただ彼のすごいところは、「自分が迷っている」という自覚が限りなく薄いことでしょう。森の奥へと行かなくてはならないのに、彼は海の方向へと向かっていましたが、それにまったく気づくこともなかったのです。

 良牙に仕事を依頼して、はや一週間が過ぎました。
 しかし、ちっとも帰ってこないし、連絡もありません。
 イライラをまぎらわすためにも、美容のためにも、鏡に問いかけます。
「鏡よ鏡、この国で一番美しいのはだ〜れ?」
「それは小太刀様でございます。──ですが、魔の森の奥深くで小人たちと暮らしているあかね姫は、さらに輝きを増している」
「なんですって!?」
 なんということでしょう。
 音沙汰のない刺客。
 そういえば、なにやら気が乗らない様子でした。
 ひょっとして、懐柔されたのではなかろうか──。
 許せません。裏切り行為です。
 小太刀は第二の刺客を呼び出しました。

「なんの用じゃ」
「森の奥にいるはずの、良牙という男を探して連れて来なさい。この際、生死は問わなくってよ」
「暗殺か。ふっ、おらにはピッタリの仕事じゃな」
 そして、自信ありげに指を突きつけました。──机の上の花瓶に向かって。
「おらに依頼するからには、報酬は高いだ。ちゃんと払ってもらうだ。聞いておるだか」
「……………………」
 小太刀はちょっと不安になりました。
 でも、これだけ自信満々なのです。腕はたしかなのでしょう。
「いくらでも望むままに差し上げますわ。失敗は許されませんわよ」
「おらに任せておくがいいだ」
 そうして鼻息も荒く出て行った刺客・ムースは、その日の夕方には戻ってきたのです。
 さすが、あれだけ豪語するだけのことはあります。
 小太刀は笑顔で出迎え、そうして固まりました。
「良牙を連れてきただ」
 でもそこにいたのは、良牙とは似ても似つかないおっさんでした。
 脂ギッシュなハゲでした。
 ついでにちょっとマッチョでした。
「これの一体どこが良牙という男なのです!」
「なにを言うだか。報酬が惜しいからそんなことを言うなんて卑怯じゃぞ」
 と、部屋のマネキン人形に向かってまくしたてます。
 彼は、超がつくだけでは足りそうにないぐらいの近眼だったのです。人の顔を見分ける仕事には一番不向きだったようです。ハゲと近眼を追い出して、小太刀はぐるぐると部屋を歩き回ります。
 ふと、鏡を見ました。
 また怒りが湧き起こってきます。
 良牙のことなど、どうでもいい。狙いはあかねです。
 小太刀はすぐさま、第三の刺客を呼びました。

「何の用だ」
「仕事です」
「──仕事? なんのだ」
「あかねという女を探して、ついでに二度と起き上がれないようにしておやりなさい」
「──何故、おれがそんな真似をする必要があるんだ」
「私にとって必要だからです!」
 強引に宣言しました。さすがは女王様──もとい、王女です。
「──なあ、ひとつ訊いてもいいか」
「なんです。報酬のことなら心配いりませんわ」
「いや、そうじゃなくて。──おまえ、誰だっけ?」

 場が凍りました。
 空気すら凍った気がしました。
 小太刀は自問します。
 私は九能小太刀。この国の姫。
 ここは王城で、つまり生まれ育った自分の家。
 っていうことは、私は間違いなくこの国の姫。
 そしてこの者は、兄弟でも親戚でもなんでもないから、つまり単なる使用人。
 使用人ということは、この城に仕えている人たちで。
 それは国に仕えているのと同等で、
 っていうことは、私に仕えていることにも繋がるはず。
 私はこの国の姫。主の一人。
 なのに、「おまえ」で、さらに「誰だっけ?」

「どういうつもりです!」
「どういうって……。そういえばおれはどうしてこんな所にいるんだ?」
 真顔で言いました。
 心の底から不思議がっている様子です。
 第三の刺客・真之介は、超がつくより前に病院できちんと診てもらった方がいいんじゃないかと思われるほどに、物忘れの激しい男だったのです。
 小太刀はあまりのショックにしばらく言葉が出てきません。
 けれど、立ち直りが早いことが姫君の長所です。こうなったら、腕っぷしではなく頭で勝負です。
 城内で一番呪術に長けているという男を探し出し、その人物を第四の刺客として送り込むことを決定したのです。
「さあ、あの女をなんとしても殺してくるのです」
「……は、あの、でも」
「いいから、さっさとお行きなさい!」
「……はあ」
 なんだか覇気も幸も薄そうな男・五寸釘は、フード付きのマントを羽織り、とぼとぼと出かけていきました。








 
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